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「あ、いえ、まだです。すみません」
穂高が慌ててこう答えると、夏海はもう一歩穂高に近づいて、少しだけ声量を落としてこう言った。
「よかったら、お食事していきませんか? お客さんは初めてですから、飲み物はサービスしますよ」
声を潜めていたわけではないが、内緒話をしているようで、穂高の鼓動は急速に高まった。
ほのかにいい匂いも感じられて、穂高はすぐに反応することができない。
「おすすめはミートソースです。お飲み物は、アイスティーなんてどうですか?」
「じゃあ、それを……」
言われるがまま注文をしてしまった穂高。
それに対して夏海は満面の笑顔を見せて、奥の厨房へとオーダーをしに行った。
ほどなくして戻ってきた夏海の手には、他の客のものと思われる料理があった。
さっきと同じように大きな声で客の名を呼び、取りに来た客と楽しげに談笑する。
ここに通えば、自分もあんなふうになれるんだろうか。
穂高にとってそれは、とても魅力的な光景だった。
心のよりどころというか、家以外で安らぎを得られる場所になるかもしれない。
落ち着いた店内で、愛想のよい店員がいる。
家からも近いし、メニューの値段も安い。見たところ客層もバラバラで、一人の客が多い。
これ以上ない環境だと思った。あとはこれから出てくる料理がおいしければ完璧だ。
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