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「あほくさ」
渋谷姫奈は吐き捨てるように言いながら、つま先のあたりに転がっていた小石をぽーんと蹴っ飛ばす。地面に敷き詰められているくすんだ色をしたタイルの上を何度か飛び跳ねたそれは、やがてすべてのエネルギーを何かに吸い取られたように動きを止めた。当の姫奈は蹴っ飛ばした次の瞬間からはまったく小石の行方に興味がなくなったらしくて、今や目線すらそちらに向けていない。
「あほくさいもんか」と言い返すと、姫奈は「あほくさいよ。いやー、くっさいわ。いっそ近づかないでほしい」とわざとらしく顔をしかめた。僕が顔を曇らせたからか、姫奈は「ばっかだなあ、比喩よ、比喩」と付け加える。
「でもそれくらいの勢いで、なんで直がそんな風に悩んでるのか、あたしにはちっともわかんないね」
「そりゃ悩むだろう。自分の将来のことなんだぞ」
「だったら尚更、どうしていつまでもそんなにウジウジできんの? ムカつくの通り越して、もはやウケんだけど」
あはは、と笑い声さえ上げる姫奈とは対照的に、僕はすぐに姫奈の言葉を呑み込むことができなかった。口をマオマオさせるばかりで、何ひとつ言い返せない自分のことが情けなく思うのだけど、だからってすぐに結論を出せることでもない。少なくとも、僕にとっては。
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