その四、叡智の結果

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その四、叡智の結果

 刹那ッ!  少し離れた場所にいた、可憐なる鈴蘭の香りを放つ、あの美少女が近づいてくる。  まるで空を舞う天使を想起させるアルカイックスマイルを浮かべ。 「奇遇ですね。私も読みたいと思っていたんです」  ほへっ?  男と女のアッハン物語。ペチョグチョ編をですか? マジですか?  あり得ない展開。すわ急転直下ッ! 「愛とAI、興味深いですよね。貴方も、それを買うなんて、なんだか嬉しいです」  ああ、そっちね。まあ、当然か。そりゃそうだ。  てか、どちらにしろ、いきなりの素晴らしき哉、嗚呼、我が人生だ、この野郎ッ! 「あっ、ごめんなさい。突然、話しかけてしまって。嬉しくて。迷惑でしたよね?」  僕は、この瞬間、この世の誰より幸せになった。  カラコロン、カラコロンと天使たちが舞い踊る。 「いえいえ、迷惑じゃないです。むしろ嬉しいです。というか、僕も気になってたんですよね。この愛とAI。AIが書いたんですよね。どんな感じなんだろう」  てか、この本より君の方が気になるんですけど。  アハハ。  なんて言えるか、ボケ。不審者だぞ、それこそ。 「そうみたいですね。今、話題のAIが書いたんですよね。というか、ようやく話しかけられた。良かった。なんだか安心しました。予想どおり優しい方で。嬉しい」 「う、嬉しい。マジですか。僕もですよ。アハハ」  どうやら僕が良いと思っていた彼女も、また実は僕の事が気になっていたようだ。  そして、あのモブ野郎が気を利かせてくれ……。  天使が吹くラッパの音が耳に届き、笑点でネタにされる僕が昇天する。昇華するほどに燃え上がった心の炎は、もう消化できそうもない。小憎らしく感じたレジ打ちのモブ野郎が頼もしく見える。彼こそが愛のキューピッドなのだから。  レジ打ちのモブが爽やかに笑んだ。 「末永く、お幸せに」  と……。  こうして僕らの横道〔おうどう〕なる愛の物語が始まったわけだ。そうして……。 *****  …――ウィィン。かりかり。かり。ぷっしゅぅ。  うむっ。  恋愛小説の新ジャンルを打ち立てるべく人工知能を組み上げて恋愛小説を書かせてみたのだが、どうにも失敗のようだ。リアリティの欠片もない横道な恋愛小説が出来上がってしまった。もはや唸るしかないな。やはり人工知能か。心がない。  心の機微を丁寧に織り込む恋愛小説はAIにはハードルが高いのかもしれないな。  試しにと、今、書かせて出てきた物は、むしろギャグ作品としか言えないからな。  再考の余地ありと。  机上に置いて在るメモに残念な結果になったと書き込む。やはり、AIが書く恋愛小説が面白いものになるには、まだまだ時間がかかりそうだ。しかしながら必ずや成功させて魅せる。それこそが、愛とAI、を手に入れた僕の使命なのだから。  そう覚悟を決め、腹を決め、目立つよう棚に飾った本を見つめる。  愛とAI、と表題が書かれた其れ。  僕が、若かりし頃、恋愛の行き着く先を探求した書を求めた時に、偶然、手に入れた其れ。しかし、この本は、僕らにとって大事なもの。これがあったからこそ愛をAIに表現させる道へと踏み出す事ができたのだから。恩人とも言える書だ。  そして、  愛とAIにより、覚悟と共に愛を手に入れたエンジニアが微笑む。  うむっ。  この本が偶然にも、あそこにあったから僕らは。  振り返る。微笑む彼女の視線を感じて……。僕の背後には可憐な鈴蘭の香りを放つ初老になった女性が居た。あの女神がだ。そして、僕と、その女神との愛の結晶とも言える、僕の跡継ぎも、女神の肩に手を置き、微笑ましそうに笑んでいた。 「ふふふ」 「うむっ」  …――ウィィン。かりかり。かり。ぷっしゅぅ。  お終い。
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