失跡〜第6師団〜

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アナの背後には30人ほどの男が立っていた。皆一様に剣呑な目つきをしていることから、此の第6師団の面々の機嫌が最悪なことが伺える。 「おはようございます皆さん。」 「もしかして…新しい、せんせ、い…?」 「ええ、第1師団より派遣されてきましたイラと申します。宜しくお願いします。」 「ケッ宜しくするつもりはねぇよ、帰れ。」 「そう云われましても此方も仕事なので。安心してください、此方側としてもあなた方と馴れ合う気はありませんから。」 では早速、と指示を飛ばし始めたイラに従う者は誰1人としていない。昨日から今朝にかけて、唯一穏便な態度でイラに接してきたサクヤでさえ、壁に背を預け傍観者を決め込んでいた。 「はぁ、ではこうしましょう。今から此処の地の利を生かして鬼ごっこをします。俺は追う側、皆さんは追われる側。猶予は一刻、それまでに俺が皆さん全員を戦闘不能にできなければ主人の元に戻り、これから此方には誰も送らないように進言します。どうですか?」 ざわり、イラの提案に団員達は明らかな反応を見せた。既に幾つかの部隊に分かれているのか、それぞれの主人の顔を伺い見る。 ─────アナ、ベス、スザク、サクヤ、アン、か…先に此奴らをやるべきか?…いや、最後にまとめての方が面白いか。 脳内で至極簡単な作戦を立てるイラの口元には、隠しきれない笑みが浮かび、その視線はそれぞれが持つ武器に注がれていた。と、今まで黙っていたサクヤが上体を起こして口を開く。 「そっちに利がありすぎるんじゃないか?」 「…なんのことでしょう。」 「俺はこれでも貴方の剣の腕前を認めている、他の連中はそうじゃないみたいだけどな。一刻もあれば貴方は休みながらでも俺達を難なく倒せる。貴方にはその自信がある、違うか?」 ざわり、と先程よりも大きな動揺が走った。「あのサクヤが認めているなんて一体あいつは何者だ?」というのが主な内容で、その中には「あんな子供が?」「ありえない」と言ったような内容も含まれていたが、イラはそれらには反応せず、じっとサクヤを見返す。その口元に浮かんでいた先程までの笑みは跡形もなく消え去り、眉間にはグッと皺が寄る…本部で「分かりやすい」と実しやかに囁かれていただけはあり、誰が如何見てもイラは不機嫌だった。 「…では半刻にしましょう。それとも皆さんで俺を襲いますか?」 「後者に乗る、と言いたいところだが半刻で呑もう。それでいいな?」 「俺はそれでいいぜ!此処は庭みたいなもんだしな。」 「俺も、いいけど…」 「俺も、構わないよ。」 「いいけどさぁ、戦闘不能ってことは応戦してもいいのぉ?」 「勿論です、能力も存分にお使いください。四半刻後に追います、では。」 パンっと手を叩いたイラに対して戸惑いながらも皆散り散りに森の方に走っていく。一方でイラはその場に座り込んで細剣を立てた。 ─────チッ、あの野郎…誤算、か。真逆あんなに頭がキレるとは思わなかった。半刻だと?俺を殺す気か、真逆笑ったのを聴いてたのか?…けどまあ彼奴以外はチョロい、能力を追えば四半刻以内に見つかる。問題は戦闘の方、集中力が保つか… そんな思考を巡らせた後、パチリと目を開いたイラは、すくっと立ち上がると一度深く息を吸い、吐き出すとともに細剣を十文字に切った。その余波が鎮まらぬうちに森に駆け出す。 森に踏み込んだ刹那、逃げも隠れもしない、と言わんばかりにベスの鉈、更にはベス率いる部隊の5人が凡ゆる能力を一斉に発動した。 ─────まずは6人、ありがと、よっ…! バンッ!と大きな爆発音と共に拡がった衝撃波を細剣を回転させて弾き、逆に押し返すことでベスの鉈から団員5人に至るまでを一気に弾き飛ばした。ただひとつ、ベスの大きな身体だけはそう簡単に崩れずに逃してしまう。 「クッソ…次だ。」 ベスが逃げた方向をしっかりと頭に叩き込み、瞬時に切り替えて、ふと上空を見上げた。地上から数十メートル、ぽつりと真紅の点が見える。それを認めた瞬間、イラは真っ直ぐと頭上に飛び木の枝を何度も旋回しながらそれに近づいた。 「降りてきなさい!」 「いやだよ、痛いのは嫌…」 「スザク、俺は行っていい?」 「…いいけど、気をつけて。」 「うん、行こうぜみんな!」 5人の飛行能力を持つ獣人、鳥人達が枝の上のイラを狙う。上空からはスザクの放つ火球が降り注ぎ、周囲の木々が燃え上がる…かに思われたが、その火球はイラの視界を遮るに留まった。されどその火球に新たな爆薬、リュウの放った銃弾が投下され、パンッ、パンッと物理的な火花がイラの視界と鼓膜を震わす。 ─────後にしろ、か… 「「「「「なっ…?!」」」」」 勝ち目がないと悟ったイラは早々に枝から飛び降り、獲物を逃したリュウ達は皆一様に絶句した。猶予は残り小半刻強────。
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