1 出会い

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1 出会い

 初めて理恵子を見た瞬間、宏は恋に落ちた。  高校二年に進級して間もない、学校帰りの電車。  ロングシートの端に座った宏は、反対側の窓越しに見える海に視線を投げた。偶然、その視界に入ってきたのが理恵子だった。  彼女は、ちょうど宏の対面に座ってスマホに目を落としていた。  やや色白の丸顔に、淡い桜色の頬。  小さく結ばれた口。  おろした前髪の下にくりっとした大きな目。 肩から二の腕までを覆う長い黒髪が、春の光にきらめく海をバックに揺れている。 (かわいい……)  一瞬で心を掴まれた。    宏の通う南倉高校の生徒たちの多くは、海岸沿いを走るローカル鉄道、俗に言う海岸電車を利用する。  たった三両編成の汽動車。唸るエンジン音、燃料の燃える匂い、それに広大な海とあずき色一色の車体。  カメラ好きや、ローカル鉄道の愛好家が、それらを目当てに全国からやってくる。  宏の家の最寄りは、南倉駅から北へ15分ほどの田沢という駅である。南倉から田沢までは、小さな無人駅が二つあるだけだ。  宏は、海を眺めるフリをしながら、ちらちらと視線を彼女に向けていた。 (スマホに夢中だから、気づかないだろう)  都合よく考えながら、彼女を観察する。  面白い画像でも目にしたのか、笑いを堪えるような微笑み。  今度は目を丸くして、『あっ』と息を止めるような、驚きの表情。  そして、乾いた唇を、僅かに舌先を覗かせて潤し、その口をぎゅっと結ぶ。 (めっちゃタイプ!)  これを一目惚れと言うのか!  宏の胸は激しくときめいていた。    そうしているうちに、彼女は南倉から二つ目の駅、峰が浦で降りていった。  あっという間の10分間だった。 (明日も会えるだろうか……)  次の日。前日とは打って変わって、海からの強風に、スコールのような雨が叩きつける、荒れた天気となった。  下校時、南倉高校の生徒たちはみな傘を正面に向け、駅への坂道を下っていた。そこへ、正面から突風。 「あーっ」 「キャーッ」  あちこちから声が上がる。  宏の差していたビニール傘も、あおられて裏返しになり、後ろへ持って行かれる。  (チッ)  舌打ちをしながら、後ろ向きの体勢のまま傘を閉じようとした。と、その視界に一人の女の子を捉え、ハッとした。 (昨日のあの子だ!)  彼女は傘に加え、レインコートを着ていた。そのまま宏の横を素通りしていく。 (そりゃそうだろ。俺のことなんて知らないんだから)  心の中で呟きながら、彼女のあとから駅への坂道を下り、電車に乗った。  昨日と同じように、ロングシートの端に座り、お互い向かい合う形になった。  ハンカチで濡れた前髪を拭いている。  ピンク色の口を尖らせているけど、ちっとも不満そうに見えない。むしろ、その姿、仕草のすべてがたまらなくかわいい。 (恋をした……)  宏は電車に揺られながらそう思い、もはや無防備に彼女を眺めていた。  峰が浦に到着した。座席から立ち上がる彼女。同時に、宏の心に焦りの感情が湧き上がってくる。 (このままでは、彼女は降りていってしまう。今日は金曜日。三日も会えないぞ!) (しかも、俺に気づいてくれていないし。えっ、気づかれても困るだろ?)  いろいろな考えが頭の中を巡り、軽くパニックになる。 (どうする?)  まとまらない気持ちのまま、宏は弾かれるように座席から立ち上がって、ホームに降りてしまった。  ドアが閉まり、走り去る電車を見送りながら、宏は 「これから俺はどうなっていくんだろうか……」  と呟いていた。
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