新装開店・満員御礼?――来るもの拒まず去る者追わず

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(4)  すがすがしくも何もない部屋。  これまでより、ずっとずっと小さな事務所だ。  住んでいるマンションの「はすかい」に、ちょうど手ごろな部屋が空いていたから、サクッとそこに決めた。   「もうウチも『ヤクザの事務所』じゃネェんだからよ、のべつ幕なしに詰めてる必要ないからな」と。  田中には、そう言い置いてやった。  とはいえ、登記から銀行口座から税務署絡みから、ネットの設定に至るまで。  なんもかんも丸抱えてもらい、田中には当分、頭が上がらねぇかもしらん――  日暮れの光の中。  カラリとした新しい室内を見やりながら、入江が柄にもなく、そんな感慨にツラツラと襲われていた時。  スマホの着信音が響き渡った。   「……ンだよ、天馬か」  着信画面を見もせぬうちに、舌打ち交じりに入江が呟いたのは、番号に紐づけて音を変えていたからに他ならない。  液晶を見やって、出ようかどうしようか数秒迷ってから、入江は応答ボタンをスライドする。 「なんか用かい、刑事さんよ」  そっけなく言い捨てる入江の口には、それでも、やはり笑み。 「めでたく、一応はヤクザ稼業を『閉店』したようだな?」  シレッとした無表情が目に浮かぶような天馬の声。 「へぇ……? なんで分かった」  入江の口に、さらにタラシな微笑が浮かぶ。 「ウチとこは弱小ヤクザだ。公安の目が光ってるどこぞの大暴力団じゃなし、別に『解散届』とか提出した覚えもネェんだがよ?」  ツラツラと、白々しくも厭味に入江が続ければ、天馬のごく小さな笑い声が、電話越しの空気を震わせた。 「天馬さぁ……」  ワザと馴れ馴れしい声音で入江が呼びかける。 「なんだってそんな、オレのコト詳しいの。スッゲェ調べてるワケ? え? ストーカー? ってか何? オレに惚れてる? ひょっとして」  少しの沈黙。  だがそこに、痛みはなかった。  そして、天馬が口を開く。 「一、調べたのは事実だ。二、別に惚れていたからじゃない」 「またまた、ツマらん冗談を」と、入江の笑顔が大きくなる。そこへ、 「だが……」と。  静かに割り入るようにして、天馬が言った。 「……『惚れそう』かもな、今は」 「ちょ、オイオイ、勘弁してくれや」  自らで煽っておきながら、入江がギョッとする。「オレは『そっちの気』はないっての!」  するとまた、電話越しの空気が、カサリと入江の鼓膜を震わせた。 「え? 笑ってんのかよ、コケにしてやがンのか、オマエ」 「オートロックを解除しろ」「あ?」 「建物の『オートロック』だ。ここのセキュリティは、自宅よりは多少、マシなようだな?」  ……って、オイ?! 「『開業祝い』に来た。ドアを開けろ」  入江がインターフォンに歩み寄る。  玄関ホールのモニターをつければ、そこにはスーツ姿の男が映っていた。  イヤになるほど姿勢のいい、スラリとした立ち姿。  右手の杖。  隻脚の――男が。 *
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