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入江が応接セットの一人掛け椅子に、ドサリと腰を下ろす。
分厚い湯呑に口をつけ、茶を一口、二口啜った。
そこでやっと天馬を見上げて、「ああ、どうぞ。おかけくださいよ。刑事さん」と、やおら座を勧める。
天馬が向かいのソファーに腰かけた。そして、手にしたステッキを肘掛けに沿わせる。
「公務災害か?」
唐突に入江が問い掛けた。
天馬が軽く首を傾げる。
「それ、アシ」と。
視線と顎先で、入江は天馬の右脚を指し示した。
「……不躾だな、随分と」
言葉とは裏腹に、天馬の浮かべた表情は、それほど「不快」な様子には見えなかった。
だから入江も、
「すいませんね」と、ごくなげやりな謝罪を口にする。
あまりに適当すぎる入江の口調に、天馬の顔にも苦笑が浮かぶ。
もちろん、それはごく微かすぎるモノではあったが。
「興味があるのか?」
天馬がそう訊ね返せば、
「そりゃあ、まあ」と、入江が応じる。
「これは生まれつきだ」
「またまた、ご冗談」
入江が身を乗り出すようにして笑う。
「いくら穀潰しのオレでも、警察官の募集要項くらい知ってますよ、刑事さん。そもそも採用試験を受けらンでしょ? 『それ』じゃ」
「昨今の公務員には『障害者枠』というものがあるが」
シレッと嘯くような天馬の答え。
入江は両肩をすくめ、またクシャリと笑った。
口もとの皺、瞬く睫毛。
引き込まれそうな大きめの微笑。
「えっと? それで天馬さんは、豊島中央署のどちらに? うーん、そうですねぇ……見るからに『アッタマ良さそう』って感じだから二課とか? 頭脳犯が御専門かな?」
「ハズレ」
「……は?」
「ハズレだ。組対に決まっているだろう? ヤクザの事務所に来るくらいなのだから」
ヤレヤレ「やられた」とでも言う風に、入江が大きく首を横に振る。そして、
「ああ、そうだ。本日の御用件はなんでしたっけね……」と、ザックリ話題を変えた。
「そうそう! 『御相談』でいらしたってのに、オレときたら名刺もお渡しせずに」
「大変失礼しました」と続け、入江はシャツのポケットから名刺入れを取り出すと、スッと一枚、テーブルの上に名刺を滑らせる。
「北東京信用調査事務所」などと。
「それっぽい」が、ごく「おざなり」な表向きの社名。肩書は「所長」の名刺だった。
睫毛の先ほどのふり幅で目を動かし、天馬はほんの一瞬、それへと視線を向けた。
そして無言のまま、入江の瞳を見つめる。
切れ長な目。
やや奥二重気味だが、天馬の顔立ちは、全体としては彫りの深い完璧な造形だった。
それにしても。
四十代? 五十にはなってねぇか。
歳はそれなりに喰っちゃいるが、スゲェ「ハンサム」だよな、この刑事――
天馬を見つめ返す入江の頭に、そんな感想がよぎった。
こんなご面相なら……。
脚が片っぽなかろうがなんだろうが、さぞかしモテやがるんだろう。
「何を見ている?」
「アンタの顔」
天馬が、またしても苦笑する。
「ハンサムだな、刑事さん。メチャメチャモテんだろ?」
無言で苦笑し、天馬は軽く視線をそらした。
入江が、その横顔を追いかけるように見つめる。
「今の言葉、そっくりそのまま、そちらに返そう」
斜めを向いたまま、天馬が言う。
「『ハンサムだ』以外は……だが」
「言ってくれるねぇ、テンマさん!」
入江がダハッと噴き出した。そして、
「待てよ。そうか……ひょっとして」と。
突如、何かに思い当たる。
「組対課……豊島中央の、ああ、アンタがアレか! 『四課のエラリー・クイーン』」
天馬が入江に視線を戻した。
「いやはや、それにしても、なんでアンタが四課なんだ? よりにもよって。そもそもルックス的に、絶対『組対』じゃねぇだろ? どう見ても」
ヤクザ相手にナメられないためとはいえ、基本的に「マル暴の刑事」というのは、警察手帳がなければ「ヤクザ以外の何物でもない」というのが相場だ。
とにかくガラも見た目も、態度も悪い。
「で、その『エラリーさん』が、オレんトコに何の御相談で?」
「そもそも、『エラリィ』が何かは知っているのか?」
「さあな。知らんがなんか『頭いい』とか、そんなようなコトなんだろ?」
言い放つと、入江は湯呑に口をつけて茶を啜る。
天馬がまた苦笑した。
「……無論、最初にその『呼び名』を付けた人間には、色々と含む所があったようだが。今となっては、ほぼ誰も、そんなことは分かっていないな」
「は? なんだソレ。要するに『あだ名は皮肉』ってコトか?」
「確かに杖は持っている、身長も近いか……まあ、眼鏡は掛けていないが。私の目は悪くない」
苦笑交じりの独り言じみた天馬の呟きに、再度、入江は大げさに肩をすくめ、
「で? 要件は」と短く問いかける。
「ある人物について知りたい」
「誰?」「曾地原という男」
へぇ……「ソチバラ」ねぇ。
囁いて入江が、湯呑に口をつける。
関東劉山会系列、銀寮会の若頭。
そういや最近、姿を見ないとかって。
もっぱらの「ウワサ」だが。
「というかテンマさん。銀寮会は豊島中央署の管轄内でしょ? そこの若頭のことなんぞ、なんでわざわざ、オレに訊くかね?」
「訊いては悪いか」
「悪かないですよ、別に」
入江がまた茶を啜る。
「ですが、特になにも知りませんぜ? オレは。それに、いわゆる『人物調査』だの素行調査だの『人探し』だのは、ウチとこの業務内容じゃありませんや」
天馬の瞼が、ごくごく微かにピクリと動いた。
震えたのは、とてつもなく長い睫毛――
「トボけるな。『人探し』なんて言葉が出るくらいだ。知らぬ存ぜぬは通じない」
「だから刑事さん、まあその……『噂話程度』ですよ。ウ・ワ・サ。業界ならではの」
「無論、曾地原自体は、とうに死んでいるのだろうが」
無表情のまま、天馬がごくあっさりと言い放つ。
入江がパチクリと瞬いた。
「えっと……ソイツは警察の公式見解で?」
天馬が溜息レベルの笑いを漏らす。
「そんな大それた話ではない。まあ、曾地原の『生き死』はどちらでもいい。いずれにせよ遺体は出ないだろう」
――え、なに? 「どうでもいい」のかよ? 「生き死」。
「ヤツが絡んでた動画の製作について追っている」
動画?
「知っているだろう?」
「ああ、まあ……な」
って、おっとっと――
「いやいや、別に。その『ビジネス』のことは全然。知ってンのはただ、ソチバラって野郎の趣味が『クソクソのクソッタレ』だってコトで」
そうさな。
まあ、有名だわな……ヤツの「残虐趣味」は。
ポルノだったら「強姦モノ」。それも演技演出じゃなく「マジもの」で。
よってたかって、輪姦すわ蹴るわ殴るわの大騒ぎ。
そう。場合によっては「殺して」もいるだろう。
おそらく。たぶん。いや――
絶対。
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*組対(組織対策(部)課): (旧)四課 暴力団対応
*捜査一課は殺人 二課は詐欺 三課が窃盗を担当してます。
(ざっくり)
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