人たらしヤクザ、店じまいをする――ヤクザ meets インテリ刑事

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(2)  入江が応接セットの一人掛け椅子に、ドサリと腰を下ろす。  分厚い湯呑に口をつけ、茶を一口、二口啜った。    そこでやっと天馬を見上げて、「ああ、どうぞ。おかけくださいよ。刑事さん」と、やおら座を勧める。  天馬が向かいのソファーに腰かけた。そして、手にしたステッキを肘掛けに沿わせる。 「公務災害か?」  唐突に入江が問い掛けた。  天馬が軽く首を傾げる。 「それ、アシ」と。  視線と顎先で、入江は天馬の右脚を指し示した。 「……不躾だな、随分と」  言葉とは裏腹に、天馬の浮かべた表情は、それほど「不快」な様子には見えなかった。  だから入江も、 「すいませんね」と、ごくなげやりな謝罪を口にする。  あまりに適当すぎる入江の口調に、天馬の顔にも苦笑が浮かぶ。  もちろん、それはごく微かすぎるモノではあったが。 「興味があるのか?」  天馬がそう訊ね返せば、 「そりゃあ、まあ」と、入江が応じる。 「これは生まれつきだ」 「またまた、ご冗談」  入江が身を乗り出すようにして笑う。 「いくら穀潰しのオレでも、警察官の募集要項くらい知ってますよ、刑事さん。そもそも採用試験を受けらンでしょ? 『それ』じゃ」 「昨今の公務員には『障害者枠』というものがあるが」  シレッと嘯くような天馬の答え。  入江は両肩をすくめ、またクシャリと笑った。  口もとの皺、瞬く睫毛。  引き込まれそうな大きめの微笑。 「えっと? それで天馬さんは、豊島中央署のどちらに? うーん、そうですねぇ……見るからに『アッタマ良さそう』って感じだから二課とか? 頭脳犯が御専門かな?」 「ハズレ」 「……は?」 「ハズレだ。組対(ソタイ)に決まっているだろう? ヤクザの事務所(こんなトコロ)に来るくらいなのだから」    ヤレヤレ「やられた」とでも言う風に、入江が大きく首を横に振る。そして、 「ああ、そうだ。本日の御用件はなんでしたっけね……」と、ザックリ話題を変えた。 「そうそう! 『御相談』でいらしたってのに、オレときたら名刺もお渡しせずに」  「大変失礼しました」と続け、入江はシャツのポケットから名刺入れを取り出すと、スッと一枚、テーブルの上に名刺を滑らせる。  「北東京信用調査事務所」などと。  「それっぽい」が、ごく「おざなり」な表向きの社名。肩書は「所長」の名刺だった。  睫毛の先ほどのふり幅で目を動かし、天馬はほんの一瞬、それへと視線を向けた。  そして無言のまま、入江の瞳を見つめる。  切れ長な目。  やや奥二重気味だが、天馬の顔立ちは、全体としては彫りの深い完璧な造形だった。  それにしても。  四十代? 五十にはなってねぇか。  歳はそれなりに喰っちゃいるが、スゲェ「ハンサム」だよな、この刑事――  天馬を見つめ返す入江の頭に、そんな感想がよぎった。  こんなご面相なら……。  脚が片っぽなかろうがなんだろうが、さぞかしモテやがるんだろう。 「何を見ている?」 「アンタの顔」    天馬が、またしても苦笑する。 「ハンサムだな、刑事さん。メチャメチャモテんだろ?」  無言で苦笑し、天馬は軽く視線をそらした。  入江が、その横顔を追いかけるように見つめる。   「今の言葉、そっくりそのまま、そちらに返そう」  斜めを向いたまま、天馬が言う。 「『ハンサムだ』以外は……だが」 「言ってくれるねぇ、テンマさん!」  入江がダハッと噴き出した。そして、 「待てよ。そうか……ひょっとして」と。  突如、何かに思い当たる。 「組対課……豊島中央の、ああ、アンタがアレか! 『四課のエラリー・クイーン』」  天馬が入江に視線を戻した。 「いやはや、それにしても、なんでアンタが四課(ソタイ)なんだ? よりにもよって。そもそもルックス的に、絶対『組対』じゃねぇだろ? どう見ても」    ヤクザ相手にナメられないためとはいえ、基本的に「マル暴の刑事」というのは、警察手帳がなければ「ヤクザ以外の何物でもない」というのが相場だ。  とにかくガラも見た目も、態度も悪い。 「で、その『エラリーさん』が、オレんトコに何の御相談で?」 「そもそも、『エラリィ』が何かは知っているのか?」    「さあな。知らんがなんか『頭いい』とか、そんなようなコトなんだろ?」  言い放つと、入江は湯呑に口をつけて茶を啜る。  天馬がまた苦笑した。 「……無論、最初にその『呼び名』を付けた人間には、色々と含む所があったようだが。今となっては、ほぼ誰も、そんなことは分かっていないな」 「は? なんだソレ。要するに『あだ名は皮肉』ってコトか?」 「確かに(ステッキ)は持っている、身長も近いか……まあ、眼鏡は掛けていないが。私の目は悪くない」  苦笑交じりの独り言じみた天馬の呟きに、再度、入江は大げさに肩をすくめ、 「で? 要件は」と短く問いかける。  「ある人物について知りたい」 「誰?」「曾地原という男」  へぇ……「ソチバラ」ねぇ。  囁いて入江が、湯呑に口をつける。    関東劉山会系列、銀寮会の若頭。  そういや最近、姿を見ないとかって。  もっぱらの「ウワサ」だが。 「というかテンマさん。銀寮会は豊島中央署(そちら)管轄内(シマ)でしょ? そこの若頭のことなんぞ、なんでわざわざ、オレに訊くかね?」 「訊いては悪いか」 「悪かないですよ、別に」  入江がまた茶を啜る。 「ですが、特になにも知りませんぜ? オレは。それに、いわゆる『人物調査』だの素行調査だの『人探し』だのは、ウチとこの業務内容じゃありませんや」  天馬の瞼が、ごくごく微かにピクリと動いた。  震えたのは、とてつもなく長い睫毛―― 「トボけるな。『人探し』なんて言葉が出るくらいだ。知らぬ存ぜぬは通じない」 「だから刑事さん、まあその……『噂話程度』ですよ。ウ・ワ・サ。業界ならではの」 「無論、曾地原自体は、とうに死んでいるのだろうが」  無表情のまま、天馬がごくあっさりと言い放つ。  入江がパチクリと瞬いた。 「えっと……ソイツは警察の公式見解で?」    天馬が溜息レベルの笑いを漏らす。 「そんな大それた話ではない。まあ、曾地原の『生き死』はどちらでもいい。いずれにせよ遺体は出ないだろう」  ――え、なに? 「どうでもいい」のかよ? 「生き死」。 「ヤツが絡んでた動画の製作について追っている」  動画? 「知っているだろう?」 「ああ、まあ……な」  って、おっとっと―― 「いやいや、別に。その『ビジネス』のことは全然。知ってンのはただ、ソチバラって野郎の趣味が『クソクソのクソッタレ』だってコトで」  そうさな。  まあ、有名だわな……ヤツの「残虐趣味」は。  ポルノだったら「強姦モノ」。それも演技演出じゃなく「マジもの」で。   よってたかって、輪姦(マワ)すわ蹴るわ殴るわの大騒ぎ。  そう。場合によっては「殺して」もいるだろう。  おそらく。たぶん。いや――  絶対。 _________________ *組対(組織対策(部)課): (旧)四課 暴力団対応 *捜査一課は殺人 二課は詐欺 三課が窃盗を担当してます。 (ざっくり)
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