わたしのこと憶えてないよね?

15/17
132人が本棚に入れています
本棚に追加
/17ページ
「……さん? 水崎さん」 「あ、はい。すみません」 「ぼーっとしちゃってどうしたの。新実くんがイケメンだから見とれてたのかな」 「な、何てこと言うんですか!」  冗談として受け流せばいいものを、焦って大声で否定したもんだから場がシーンと静まり返ってしまった。居心地の悪さに冷や汗がぶり返す。  思い出したくないのに、資料を持つ長い指を見るだけでぞくぞくしてしまう。ああ、あの指が……。  情けないことに、わたしはあの一回ですっかりエルくんのテクニックの虜になってしまったのだ。今日会わなければ、次も間違いなく指名していただろう。  天文学的な確率で再会してしまうのは百歩譲って許せるとしても、なぜ場所が職場なんだ。どうして取引先にいるんだ。今年度から彼がうちの担当になるのなら、これからもちょくちょく顔を合わせなければいけないということではないか。さっきまで本名も知らなかった、昭和風に言う『B』まで済ませている男と。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!