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Day.19
翌日。ロランがガブリエルに見送られてメディカルセンターへ姿を現したというニュースは、前日の待ち伏せと相まって即座にクルーたちの話題となった。
『セキュリティーの副統括とロラン医師が一夜を共にしたらしい』
当然、その噂はロラン本人の耳にも入ることとなった。しかも、その日の午前中のうちに、である。
もちろん共に働く看護師たちの耳にも噂は届き、直接聞いては来ないものの、ちらちらと窺うような視線の煩わしさたるや凄まじい。
――そう、なりますよね。
心の声の代わりに溜息を吐き出して、ロランは自身の医務室を出た。いつ声を掛けられるかと身構えているのも辟易する。
受付のスタッフへと急患の際は呼び出すよう告げて自室へと戻る。通路を歩く間も擦れ違うクルーの視線に晒され続け、部屋に辿り着くだけでも幾ばくかの疲弊を感じた。
部屋のドアが閉まった瞬間、ロランは床へとしゃがみこんだ。顔が、熱い。
確かに医師としてクルーの誰しもが自分の事を知っている。けれども、ロランはクルーの全員を把握している訳ではなかったし、こうして注目されるとなると話は別だ。むしろ知名度がある分、目立つと言っても過言ではない。
「何ということでしょうか……」
地味な自覚はあれど、目立つ事など考えたこともない。それが、たった一晩でこの騒ぎである。ロランが戸惑うのも無理はなかった。
しばらくドアの前でしゃがみ込んでいれば、胸元のスマートフォンが着信を告げる。急患の連絡かと慌てて取り出してみれば、そこにはガブリエルの名前が浮かんでいた。
「はい……」
『ああ、その様子じゃ、ロランも注目の的ってところかな?』
挨拶もなく可笑しそうな声が耳に流れ込んで、ロランは電話口で溜息を吐いた。
「分かっていたのですか……?」
『まあ、予想はしてたけどね』
「どうして教えてくださらなかったのです」
『ええ? だって、言ったら絶対秘密にしようって言うでしょ』
悪びれた様子もないガブリエルの声に、ロランは柄にもなく苛立ちを覚えた。せめて、分かっていたのなら教えて欲しかったと、そう思う。
「あなたが楽しみにしているのであれば、私事を通そうとは思いませんよ。ですが、せめて一言教えてくださっても良かったのではないですか?」
『そっか。ごめん』
「私は、あなたほど目立つことに慣れていません。ご理解いただけますか』
『ねえロラン、今からそっちに行っていい?』
幾分か沈んだ調子の声が囁いた。
「今日は自室におりますので……」
『分かった。すぐに行くから待ってて』
ロランが居場所を告げれば、ガブリエルの口調は少しだけ浮上したようだった。
通話の切れたスマートフォンを手に、ロランは立ち上がった。ガブリエルが来るというのに、いつまでもドアの前にいてはコーヒーのひとつも淹れられない。お湯を沸かそうとケトルに電源を入れれば、ドアをノックする音が聞こえてくる。随分と早い恋人の到着に、小さな笑みが零れ落ちた。
「開いていますよ」
鍵は、最初から閉めていなかった。ガブリエルが来るというのなら必要もないと、そう思っていた。だが、ドアを開けたのはガブリエルではなく、制服に身を包んだロランには見覚えのない男だったのである。
「っ、あなたは……?」
見たところ、年齢はロランよりも少し年下あたりだろうか。この船のクルーである事は間違いないだろう。制服は、ホテルスタッフのもののようだった。
「どうして、あんな若い男なんかとっ!」
「え……?」
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