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地味顔令嬢と地味顔紳士がうっかり恋に落ちる話
異国の客人を招いてのパーティーは、とにかく疲れた。
主催の両親は、僕の結婚相手探しに血眼で、傍から見るとかなり滑稽だった。傍から見ている場合か、と怒られるのも嫌だから黙っていたけれど。
国内の見知った貴族も数多く出席していたが、令嬢たちと言葉を交わすたびに気が滅入った。
どうせ親に言われて渋々挨拶しにきたんだろ、としか思えない彼女たちの微妙な笑顔が、今も瞼の裏にチラついている。
どの令嬢も、「あっ地味顔……」という内心が顔に出ていた。露骨にもほどがある。その地味顔に一生懸命微笑みを浮かべているこっちの身にもなってほしい。虚しさが過ぎて息が苦しい。
……結婚か、と溜息が零れた。
どうせ結婚しなければならないなら、相手は心の清らかな女性がいい。外見や家柄だけで僕を判断しない女性が。
器量は気にしない。僕もこの顔なのだ、むしろ器量の良い娘を充てがわれでもしたら僕の貧相さが際立ってしまう。それでは虚しさが加速する一方だ。その辺りの僕の感情について、両親はまるで理解を示してくれない。悲しい。
浮かべたくもない微笑みを長らく浮かべ続けていたせいか、頬の痙攣が止まらなくなったから、両親に断って先に本邸へ戻った。
主催の家の一人息子がこんなに早く退席しては、と両親は不満げだったが、まぁ……うまくやってくれているはずだ。明日には小言の嵐だろうが。
はぁ、と溜息を落として本邸に足を踏み入れ、階段を上り――二階。
目を瞠った。自室のドアの前にぼんやりと人影が見え、ヒェ、と素で声が出た。
「ゆ、ゆゆゆ幽霊……ぇあ……?」
間の抜けた震え声をあげてから、あっ違うな、と気づいた。
先ほどパーティー会場で見かけた、異国の令嬢だ。フリ……フリソデ……とかいう、美しくも僕らの目には少々奇抜に映る民族衣装で気づいた。後は、この国では滅多に見かけない、まっすぐに伸びた黒髪とやや黄味がかった肌。
艶やかな色使いが目に眩しいフリソデを身にまといながらも、顔そのものは極めて淡白だ。今も顔を見て「ああ、あの人か」と気づくまでに若干時間がかかった。僕自身、人のことを言えた立場にはないが、地味顔が過ぎる。
『お前、ニホンニンギョーって知ってるか?』
唐突に、学生時代の友人の声が脳裏に蘇った。
男だらけの寮生活中、悪ふざけの延長で何度か開催した「怖い話大会」のときに聞いたのだったか。
パーティーでこの女性を見かけたときに、前に聞いた日本人形ってこういう感じなのかな、と確かに思った。髪、勝手に伸びるんだっけ……怖……とも。
幽霊ではなくて本当に良かった、とビビリの僕は心底安堵したが、それも束の間、今度は別の恐怖が走る。
ここは本邸だ。なぜこんなところに。幽霊のほうがまだマシだったのでは。
露骨に喉を震わせた僕へ、日本人形は小首を傾げて笑んでみせた。
「あらあら、またお会いできましたわね。まぁこちらが待ち伏せしていただけなのですけれど」
低くも高くも艶やかでもない、単調な声が耳を掠めた。
……待ち伏せ? 僕の部屋の前で? えっ、どういうこと?
咄嗟に逃げようとした僕の腕を、いつしか傍まで歩み寄ってきていた日本人形がガッツリ掴んだ。
力が強い。女のそれとは思えない。「痛いんだけど!?」と叫んだときには、すでに彼女は僕を引っ張りながら、僕の私室へ足を踏み入れていた。
そこは僕の部屋なのに、どうして我が物顔なんだ? お前んちじゃねえんだぞ? というか私室云々以前に、本邸に足を踏み入れた時点で普通に不法侵入じゃない?
頭の中では声高に叫んでいるものの、実際にはぱくぱくと口が開いたり閉じたりしているだけで、自分の情けなさに泣けてくる。
そんな僕を横目に、日本人形はあからさまに眉をひそめてみせた。
「嫌ね、不法侵入なんかじゃありませんわ。あなたのご両親から、ちゃあんと許可をいただいてますもの」
「僕まだなにも言ってなくない? 心の声、読める感じ?」
今度こそ声が出た。やはり間抜けな声だった。悲しい。
しかしそれどころではなかった。女は僕の問いかけを完全に無視し、信じがたい力で僕の腕を引き続ける。
連れていかれた先はベッドの上だ。ぶん、と腕ごと放り投げられた僕は物のようにベッドへ転がされ、すかさず日本人形は僕の無防備な腰に馬乗りになった。
『あなたのご両親から、ちゃあんと許可をいただいてますもの』
女の声がぐるぐると頭を巡る。
両親……おい、冗談だろ。完全に貞操の危機なんだが。
思わず視界が潤む。そんな僕の頬へ指を添えながら、地味顔の日本人形は困ったように微笑んでみせた。
「いくらなんでも顔に出すぎですよ。この国の殿方って、あなたみたいな感情の分かりやすい方ばかりなのかしら」
「無理……かっ、勝手に家、入ってくる女とか……無理……」
「今度は声にも出すぎですわ。というか、不法侵入ではないとさっきから申し上げているでしょう?」
日本人形は、ふふ、と今度は楽しそうに笑う。
意表を突かれた。笑うと少し可愛い。だが言動が毛ほども可愛くない。どうしよう、感情がバグる。
「まぁいいわ。ここは地味顔同士、仲良くしましょう? どうせお互い他では相手にされないでしょうし」
流暢な英語で囁かれ、眩暈がした。
『どうせお互い他では相手にされないでしょうし』
やめろ。その言い方、後頭部をいきなり鈍器で殴られたくらいの衝撃がある。
地味顔同士……お前とひと括りにするな、と勢いのまま叫んでしまいたくなったが、僕の地味顔は事実だから言い返せない。
どうせ結婚しなければならないなら、相手は心の清らかな女性がいい。外見や家柄だけで僕を判断しない女性が。
器量は気にしない。そうだよ。器量は別にどうだっていいんだ。
心の……清らかな……女性が……って言ってるだろ……!!
必死に首を横に振る僕の首筋に唇を寄せた日本人形は、抵抗は無駄だとばかり、そこへ歯を立ててきた。
ひ、と女みたいな声が出た。泣きそうだ。
だが、涙は結局零れなかった。とんだアバズレめ、と悪態をつきながらも抵抗ひとつできずにいた僕へ、しかし彼女はそれ以上なにもしてこない。
「……え……?」
きつく瞑っていた両目を、おそるおそる開く。
このままぺろりと食われてしまうのだと思っていたのに……頭上の彼女を訝しく見つめると、彼女は屈めていた上体を起こして小首を傾げてみせた。
見るからに、顔が赤い。
「あの、こ、こういうのって男性がリードするものですわよね? 後はお任せしていいかしら?」
……感情がバグる……!!
「なんっでだよッ!!!!?」
今頃になって頬を染め、いじらしく躊躇を覗かせた日本人形へ、僕は今度こそ全身全霊を込めて叫んだ。
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