5月12日、雨

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5月12日、雨

 しずくが屋根を打つ音で目が覚めた。  雨が降っている。そのことに気が付いた時、圭の心は遠足の朝の子供のように跳ねた。昨日の夜「雨よ降れ!」と念じたおかげだろうかと思ったが、それなら毎日降っていないとおかしいので関係ないだろうかと笑う。  とにかく、今日はあの人に会える。  ベッドから起き、手探りで着替えを済ませ、壁伝いに部屋を出る。顔を洗い、朝食を食べ、歯を磨く。雨音に包まれながらのルーティーンは普段より心地良い。  朝の支度を終え一階の店舗フロアに下りる。圭の家は代々本屋を営む家系で、今は彼の父が責任者となっている。  生まれつき目の見えない圭は先日大学を卒業し、今は実家で店を継ぐ勉強をしている。  レジ仕事中心だが、昔からよく手伝いをしていたためもうすっかり慣れた。白杖片手に開店準備を整え、レジ内の丸椅子に座る。  近くの大学のチャイムが鳴る。今頃授業が始まったところだろうかと、圭は愛しいあの人を想う。  15時半。あの人が来る16時までまだ時間がある。仕事が退屈なわけではないが、雨の日は時間の経過がどうしても遅く感じていけない。  暇潰しに周囲の音に聞き耳を立てる。しとしとという控えめな雨音に、店内を歩く足音がちらほら。  まずこの気怠げな革靴は常連のサラリーマン。  よく軒下で「今営業先です」なんて険しい声で電話しているが、うちの店が彼と取引をしたことは今のところない。  次に、バタバタ忙しないローファーは仲良しJK3人組。  きゃあきゃあ賑やかな彼女らは参考書コーナーによく居るあたり意外と真面目なのだろう。  ヒタヒタと静かに歩くスニーカーはこれまた常連さん。  レジ横の男性誌コーナーが定位置でおそらく男性だと思われるが、実は一度も本を買ってくれたことはなく、圭は未だ彼の声を聞いたことがない。  こうしてみるとこの小さな店は常連たちによって支えられているのだと改めて感じ、圭はふっと目を細めた。
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