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一方、海中に没したチーミンは、生死の境をさまよっている。
おしゃれとはがまんであり、がまんの象徴である織官の彩衣は、遊泳に向かない。
手足を掻くほどに、水面は遠ざかる。
差し込む赤い星影は、燃える水晶のように明るい。息苦しさはとうにすぎ、水の重さが冷たくのしかかり、意識が欠けてはじめていた。
天河と地海は通ず――天の河と地の海は通じている。
朦朧とする脳裏に、ふと、そんな創世の古詩のかけらがよぎった。
国祖・織女神の故郷は天つ星の河のほとりだという。
天より地上に降り立った織女神。その女神に寵された手を持つ者が――織官が、地上の海から天河に還るのは、ごく自然な帰結かもしれない。
すべてが闇に沈む前、チーミンが最後に考えたのは、そんなことだった。
★★★
乗客の不在に気づいた漕ぎ手が、血相を変えて王宮に、織官失踪の報を寄せるまで、まだ随分あり――
昼間よりも大きくなった妖星が、黒い海面に燁燁たる赤光を投げかけている。
この国の守護たる織女星を、侵すように。
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