23 エピローグ あなたの運命は何色ですか?

1/1
23人が本棚に入れています
本棚に追加
/23ページ

23 エピローグ あなたの運命は何色ですか?

 あれからひと月……  気が付けば、年が明けて1月になっていた。  なんだか波乱の予感の新年ってところ。  でも、桜台の占いの館はいつも通り。  何も変わっていないように感じる。  ……そうでもないか。  この館の占い師さんの出入りは結構激しい。  新しい人が来たかと思えば、すぐに別の人に変わっていたりする。  鑑定を受けに来た人の評価に左右される、なかなかの競争社会だ。  ラウーラさんはその中でもベテランの占い師。  この占いの館でこれだけ長くやっているんだから、ラウーラさんの占いは多くの人に必要とされている。  私も沢山の人に必要とされるような光彩鑑定人になれるように努力をしよう。  その人の人生がより素敵なものになるように、少しでも手助けが出来れば……  これが今年の抱負です。……なんて。  久しぶりに来た、私の占いの部屋。  この部屋にいると、とても気持ちが落ち着く。穏やかになる。  暫くお休みしていたので、予約のタブレットを開いても鑑定の予約は入っていない。  予約が入っていないというのは、正確じゃないか……  1件だけ予約が入っている。  復帰後の初鑑定だ。  ……なんか緊張する。  しかも、知っている人の鑑定。余計に緊張しちゃう。  高宮さん、鑑定に興味があるんだ。  私の鑑定を話題にしたことが無かったから、興味が無いんだと思っていた。  私はタブレットを開いた。  予約名 高宮  予約時間 18時  通信欄 警視庁の高宮です。プライベートなことで、真行寺さんに鑑定して頂きたい事があります。よろしくお願いします。  P.S. 鑑定の時は真行寺さんではなくてYUKIさんとお呼びすべきでしょうか?  お好きな方で呼んでください。  それにしても、わざわざネットで予約しないで、電話をしてくれたらいいのに……律儀なのね。  高宮さんが依頼してくる鑑定はどんな内容なんだろう?  緊張するけど、冷静に鑑定しないとミスしてしまう。  ファイサルの時の二の舞いを踏むことになる。  あんなことは二度と許されない。  キーンコーン  私があれこれ思いを巡らせているとチャイムが鳴った。 「はい、どうぞ。」  私の声に緊張が出ている。 「あっ、失礼します。」  高宮さんが入ってきた。 「どうぞ、座ってください。」 「はい。すみません。」  高宮さんはイスを引いて腰掛けた。 「いつもと印象が違いますね……私服だと。」  高宮さんは赤基調のチェックのネルシャツにジーンズのラフな服装だった。  いつものスーツ姿よりも若く見える。 「そうですか?自分ではよく分かりませんけど。」 「スーツ姿の時よりも若く見えますよ。」 「そうですか。喜んでいいのかな?」 「あ、はい。」 「真行寺さんも……いや、YUKIさんとお呼びする方がいいですか?」 「どちらでも。」 「はい。真行寺さんもここでは雰囲気が違いますね。」 「そうですか?」  私は透明感のある黒っぽいワンピを着ている。 「先生といった感じです。」 「なんか、照れますね。」 「僕も緊張しています。」 「アロマ、点けますか?リラックス出来ますよ。」  そう言って、アロマキャンドルを灯すことを勧めたけど、本当のところは、私の方が落ち着きたかったためだ。 「あっ、そうですね。お願いします。」  私は、アロマキャンドルに火を灯しながら訊いた。 「鑑定する前に何か飲みますか?」 「いえ、大丈夫です。」 「そうですか。  それでは、何を鑑定しましょうか?  私はその人の光彩を見ることが出来るんです。」 「光彩ですか?」 「はい。その人が発するものが見えるんです。  なんていうのか、波長みたいなものですね。」 「なるほど……  鑑定の内容は何でもいいんですか?」 「そうですね。大丈夫です。  ただ、光彩が現れるかどうかは別問題ですけど。」 「うーーん……  では……ですね。」 「はい……」  なんか緊張してきた。 「ある人との相性を鑑定してほしいんですけど。」 「相性ですか……はい。  高宮さんが意識している人、ということですか?」 「子供っぽいと思うかもしれませんけど、自分の気持ちに臆病なもので……  相性が良ければ、迷わずに思いを伝えようと思いまして。  ……ずるいですよね、僕。」 「そんなことないです。  私もどちらかと言うと恋愛には臆病ですから。  相手が自分のことをどう思っているのか……誰もが知りたいことですよ。」 「そうですよね。  真行寺さんは、ご自身のことを鑑定することはあるんですか?  例えば、今の僕みたく、真行寺さんが意識している方との相性とかを鑑定したことはあるんですか?」 「私が自分の……ですか?」 「はい。  ……あっ……ごめんなさい。つい、彼氏がいない前提で話してしまって。  すみません。」 「いえ、気にしないでください。  実際にフリーですし……  高宮さんは私の命を救ってくれた人ですから……  心から感謝しています。」 「……恐縮です。」  高宮さんは大袈裟に頭を掻いて見せた。 「プッ!」  私は小さく噴き出して笑った。  高宮さんも照れ笑いしていた。 「……残念ですけど、私は自分の光彩を見ることが出来ないんです。  神様はそこまでの力を与えてはくれないんです。きっと……」 「そうですか。残念ですね。」 「自分の運命が何でも分かってしまうことが幸せとは限らないと思います。  私はそう思います。」 「特別な才能がある真行寺さんじゃないと分からないことでしょうね。」 「そうなんでしょうか……」 「そう思います。」  高宮さんは頷きながら言った。 「では、お願いします。」 「……はい。」  そうか……高宮さんには意中の人がいる。  当然といえば当然よね……大の大人なんだから……  私、何で胸が苦しくなっているんだろう?……  鑑定人としては失格。  しっかりと鑑定しないと……  それが私の仕事。と言うよりも使命。 「……それでは、目を閉じて、頭の中でその人のことを出来るだけ具体的に想像してください。」 「具体的に、ですか?」 「出来る範囲でいいです。  とにかく具体的に、です。  映像でも見ているくらいに……」 「分かりました。」  高宮さんは目を閉じた。  私は、深呼吸をすると、高宮さんの上半身、特に頭の辺りに意識を集中した。  ……色付く?  無心になって、意識を集中する。  高宮さんの肩から頭頂部にかけて、輪郭に沿って空気が陽炎のようにゆらゆらと揺らぎ始めた。  色付きそう……  陽炎のような空気が淡いレモン色に染まったかと思うと、どんどん濃くなっていった。  あっという間に鮮やかな朱色に染まった。  一目瞭然。相性はバッチリってところ。  高宮さん、鑑定依頼してくれたのは正しかったと思います。  ただ、鑑定を終えた瞬間、私の心の中に寂寥感が渦巻いた。  自分の感情ばかりはコントロールできない。  こればかりはしょうがない。  高宮さんに悟られないようにすることで精一杯。 「高宮さん、目を開けていいですよ。」 「……はい。」  高宮さんはゆっくりと目を開いた。 「どうですか?」 「高宮さんに現れたのは、綺麗な朱色の光彩でした。」 「それはどのような鑑定になりますか?」 「高宮さんが思っている人と高宮さんは、お互いにパートナーとして上手くいくと思います。  恐らく、相思相愛で相性もぴったりですよ。  安心してください。」  私は、説明していて、何となく身体から力が抜けていった。 「本当ですか?」  高宮さんは満面の笑みになった。 「はい。そういう光彩でした。  自信を持ってください。きっと上手く行きます。」 「あのーー、疑う訳ではないんですが、本当に相思相愛なんですよね?」 「はい。私の鑑定ではそういう結果です。」 「僕が想像していた人と相思相愛なんですよね?しつこいようですけど……」 「はい。そうです。」 「分かりましたっ!ありがとうございました。」  頭を下げた高宮さんは、顔が少し紅潮しているようだった。 「何か飲みませんか?」 「はい。すごく喉が渇きました。お願いします。」 「何がいいですか?」 「なにか冷たいものがあれば……」 「冷たいカフェラテ、ありますけど……」 「あ、お願いします。」 「はい。少々お待ちください。」  私も喉がカラカラだった。  席を立つと、冷蔵庫から冷えたカフェラテのボトルを取り出して、大振りのグラスにカフェラテを注いだ。 「お待たせしました。カフェラテです。」 「ありがとうございます。」  そう言うと、高宮さんはグラスを持ってゴクゴクと一気に飲み干した。  なんだか、ビールでも飲んでいるみたい。 「ふーーっ。  冷たくて美味しかった。生き返りました。」 「それは良かったです。」  私もひと口カフェラテを飲んだ。  乾いた喉が瞬時に潤った。  やっぱり、カフェラテに限る。  私がホッと一息ついた時、正面に座っている高宮さんがやおら立ち上がった。  突然、どうしたの?   中々の勢いだったので、少しのけ反ってしまった。  このまま帰るのかしら?  私が驚いて高宮さんを見上げていると、高宮さんは真剣な表情に変わった。  なに?……なんかちょっと怖い。  高宮さんは大きく息を吸い込んだ。 「あの……ゆ、由紀子さん……  今度、僕と食事に行って頂けませんか?」 「…………はいっ?」 「相性は良いみたいなんです。由紀子さんと僕……  先程、有名な占い師の方に占って頂きました。」  高宮さんは冗談めかして言ったつもりのようだけど、表情が硬く固まったままで、額には玉のような汗が浮かんでいた。  えっ?……鑑定の相手は私? 「わ、私?」  そういう私も、表情が強張っているに違いない。  近くに鏡が無くて良かった…… 「はい。お願いします。  その先生は相思相愛だとも言っていました。」 「……その占い師の人、当たっていますね。」  私は笑顔を作って答えた。 「じゃあ、OKですかっ?」 「はい、楽しみにしています。」  私はコクッと頭を下げた。  それなりに大人の高宮さんと私だったけど、この時間、この空間、なんだか思春期の頃に戻ったような感じだ。  ……不思議と新鮮で初々しい。こういうのも有りだよね。  高宮さんと私が別の意味で緊張していると、突然、ドアが勢いよく開いて、ラウーラさんが入ってきた。 「あっ、お客さん?」 「た、高宮さんです。」  私は突然現れたラウーラさんにドギマギしてしまった。 「あら、刑事さん。こんにちは。」  ラウーラさんは、私の隣のイスにどっかと腰を下ろした。 「お邪魔しています。」  高宮さんはラウーラさんに頭を下げた。 「いえいえ、私の方こそ突然来ちゃって……」  ラウーラさんはそう言いながら、高宮さんと私の顔を交互に見比べた。 「ん?……はて、なんか変な空気ね。  ……もしかして、私、お邪魔?」  ラウーラさん、場の空気を察するのが早い。 「い、いえ。大丈夫です……」  私は高宮さんをチラッと見てから言った。 「ふーーん……なるほどね。」  ラウーラさんは意味深に頷いた。 「な、何ですか?」  私は、ラウーラさんに全てを見透かされているような気がして、正直焦って、見る見るうちに赤面してしまった。  ラウーラさんは視線を天井に向けると独り言のようにつぶやいた。 「1月なのに、もう春が来たみたい……今年はいい事がありそう。」 「はい……」  高宮さんと私は声を揃えた。  ラウーラさんは楽しそうに笑った。 「これ。」  そして、私に紙の包みを差し出した。 「何ですか?」 「梅木堂の塩豆大福。みんなで食べましょう。」 「わあ、ちょうど甘いものが欲しかったんです。  高宮さん、甘いものは大丈夫?」 「はい。甘いものには目がありませんっ!」  高宮さんは両手を広げてオーバーリアクションで叫んだ。  私と高宮さんは顔を見合わせて笑った。  私たちを見ているラウーラさんは、楽しそうに塩豆大福を頬張っていた。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!