執行猶予は無罪じゃないよ

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 また会えたね。君に会いたくて、ずっと探していたよ。傍聴席に君がいなかったときは、絶望した。どうして来てくれなかったんだい? 君だって僕に会いたかったんだよね? 周りの人間に無理やり止められたせいで君が裁判所へ来られなかったことは分かっているよ。それでも来て欲しかったんだ。引き留める手を振り払い抑えつける相手を突き飛ばしてでも、僕に会いに来て欲しかった。そして裁判官に全裸土下座でお願いするんだ。「私の恋人を無罪にしてください!」とね。ああ、それならきっと、僕は有罪判決にならなかったよ。  でも、執行猶予が付いたから、無罪と同じだね。  そうだ……噂で聞いたんだけど、君が僕が実刑になればいいなんて言っていたんだって? 刑務所に入って罪を償えとか、言ったんだって?  嘘だよね。そんなことを、君が言うわけないよね。他の奴らが君に無理やり言わせたんだよね! 絶対にそうだよね!  君が僕を拒んだ理由も、今なら分かるよ。  僕のファンからの嫉妬が怖かったんだね。僕みたいな有名人と交際していることが分かったら、あの子たちが君に何をするか、わからないもの。アイドルや声優になりたいって女の子は皆、何から何まで積極的で困るね。僕に抱かれたら芸能界にデビューができると思っているんだから迷惑だ。一度きりの関係じゃ駄目だし、僕の思うがまま何でもさせてくれないと無理なのに。男性もそうさ。考えが甘いよ。いくら僕が実力者だからって、自分の努力なしにはタレントを続けられないんだ。僕に抱かれた人間が、何人いると思ってるんだか。ホント、考えて欲しいよ。十年くらいの間に数えきれないくらいのタレントの卵と関係を持ったけど、その全員がデビューできるとは限らないし、仮にデビューしたとしてもモブで終わる。そんな厳しい業界なんだ。そういうところで生きていこうとする人間だから当然、性根が歪む。他人を憎み、痛めつけようとする怪物になるんだ。  でも、大丈夫。僕が君を守ってあげるから。この部屋は君を匿うためにね、特別に用意したんだ。ここには誰も入って来られないよ。僕以外の人間はね。  僕が君の面倒を見るよ。だからずっと、ここにいてね。  そうそう、君は小説家志望だったよね。それなら小説家デビューさせてあげるよ。編集者の知り合いは多いんだ。君は僕の推しってことで、すぐに担当が付くよ。何と言っても小説家なら引きこもりでもなれるから、一緒に頑張ろう(笑い)。  え、自分の力だけでプロになりたいって?  その考えは古いよ。  たとえば小説投稿サイトからプロデビューしようとするだろ? そうすると選考側の人間すべてと肉体関係を持つか、金を包まないといけないんだ。いまどきは、どこもそう。  でも僕の名前を出せば、君は僕に抱かれるだけでいい。他の奴らは君を痣だらけにするかもしれないけど、僕は君に乱暴な真似はしないから、安心していいんだ。  納得してもらえたかな? そう、それでいいんだ。  それじゃ、始めようか。あの晩できなかったことの続きをやろう。
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