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「うぉぉおぉぉぉぉおっぉおぉぉおぉおおぉおっぉぉおおお!!!!
洋子!! 準備は出来たかぁぁあぁ?!!
今からペンペンとお散歩にいくぞぉぉぉおおおおおおっぉぉぉおぉ!!!」
朝から奇声を上げ、リビングへとやってきた旦那。その手にはリード(手綱)が握られ、そのリードを辿っていくと、一匹? いや一羽か? 無知な私には分からないがペンギンがよちよち歩きで付いて来ていた。
短パン姿をしてオーバーテンションの夫に呆れ、現実逃避しようとエプロン姿で洗い物を再開する私であったが、夫が上機嫌で私の背後までやって来て妨害をするものだから、ちょっと待っててと言い聞かせて、洗い物の残りを私は急いで終わらせた。
そして、仕方なくエプロンを脱ぎ髪を結んで、その他の支度を済ませた私は一段落する間もなく玄関を出た。
そうして先に車をエンジンを掛け、今か今かと散歩に出掛ける時を楽しそうにペンギンと共に待っている夫の下へと向かった。
”なぜ、こんなことになったのか”
それは数か月前に遡り、某水族館に行った時に夫とペンギンレースを見てしまった事が原因だ。
そんなものあるわけない! と否定し続けて来た私に興奮した様子で連れられた水族館で見た衝撃的光景、確かにそこでは六匹によるよちよち歩きペンギンレースが開催され、観客からは大歓声が上がっていた。
ノリノリな様子で盛り上がりを見せる会場。
見てはいけないものを見てしまったような感覚に陥っていた私であったが、夫はこれは将来はペンギン賭博が始まるな! と意味不明なことを言いながら、必死にいつ終わるのか分からないペンギンレースに歓声を送っていた。
それが数か月前、そして昨日、ついに夫は家に一匹のペンギンを連れて来て、ペットとして飼育することを私に宣言したのだった。
ペットに連れてきたペンギン、フンボルトペンギンは日本でも飼育しやすい温暖な気候にも強いそうだが、私には興味がない、というか大変な日々が始まることしか想像できない。
私が無理だ無理だと訴えても、夫はこれはとある研究所から研究のために預かっているもので、海水も送ってくれると自信満々に言って来たが、それで何か解決するものでもなかった。
海水は送ってくれると言ってもエサに必要な生魚は自分たちで仕入れなければならず、病気にでもなればもっと大変だろうと想像できた。
そんなこんなで問題は山積みだけど、私はとりあえず夫を待たせているので車に乗り込んだ。
「よーし!!
それじゃあ、山下公園まで散歩に行くぞぉぉぉぉぉっぉぉぉ!!!」
なんでわざわざ、人の大勢いるところにこのペンギンを連れて行くのかとツッコミを入れたが、私の言葉は通じなかった。
ドライブの間、信号で停止するたびに夫は後部座席を陣取るペンギンに気色の悪い声を上げており、私が鳴き声がうるさいと愚痴を言うと、ペンペンにエサを上げてやってくれとクーラーボックスを指さすのだった。
そして、私と夫は山下公園でペンギンを連れ歩く夫婦という奇異な目で見られる時間を過ごした。
昼食から夕食まで、どこに行ってもペンギンが付いてくる一日に段々と慣れ始めた頃には陽が落ち、私と夫は再び山下公園に戻った。
そうして、目まぐるしくもペンギンを連れながら都会の夜景を眺めるという一日を最後には過ごし、ロマンチックな要素もなく、疲れ果てながら私は夫とペンギンと共に帰ったのだった。
数か月後、私はペンペンの散歩のために慣れた調子で近所の公園に出掛けた。
公園に到着するとペンギンを連れている私に子どもたちが集まってきたので飼育員のように子どもたちに生魚を渡し、ペンギンに食べさせることまでするようになっていて、すっかりこの異常な日常に溶け込んでいくのだった。
私も気付けば、ペンギンの可愛さに毒されているのかもしれない。
飼育が大変なことに変わりは全くないが。
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