ゆるして、ゆるして。

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 教室を出ようとしたところでコトリちゃんに声をかけられて――私はついに耐え切れずに叫んだ。 「お願い、もう、許してえ……!」 「え?」 「許してよ、ねえ、許してよコトリちゃんっ……!」  本当の私はー―小学生なんかじゃない。とっくに社会人になって、会社に入って仕事をし、結婚もし、子供もいる立派な大人だ。  ところが、四十歳のある日を境に、不幸が続くことになる。夫が会社のパワハラに耐えかねて自殺。まるでそれを追いかけるように息子が事故にあって死亡。さらにはまだ元気だった両親が、旅行先の海外で天災に見舞われ命を落とした。会社の友達、従妹、親戚。まるで狙いすましたように、私の周りを不幸が次々と襲ったのである。  まるで何かに呪われているかのよう。そう思って神社に駆け込んだ私に神主さんは言ったのだ。 『あなた、三十年前に……誰かを殺しましたね?』  私は気づいてしまった。  三十年前。十歳の私が――コトリちゃんと大ゲンカをしたことを。そして、理科室にあった薬を彼女の水筒のお茶に混ぜたことを。トイレで嘔吐して苦しむ彼女を放置して逃げたことを――そして彼女がそのまま死んでしまったことを。犯人が結局見つからず、私が罪を逃れてしまったことを。 「コトリちゃんが……ケンヤくんのことが好きだって知って腹が立ったの。コトリちゃんに奪われたら勝ち目なんかないから、だからもう嫌だって思って!だから!」  ケンヤくんとは、一個上の五年生。サッカークラブのイケメンくんだった。この夢の中には登場しないけれど。 「だから、だから……諦めてほしくて。でも、コトリちゃん全然聞いてくれないから、だからちょっと悪戯して、思い知らせてやりたくて、だからあっ!」  三十年後の不幸は、そのコトリちゃんの祟りだと神主さんは言った。本人に許して貰う以外に、終わりにする方法はないと。  許して貰うおまじないを試して眠ると、夢の中で彼女に会うことができる。そこで罰を受けて、死者に許してもらえれば解放されるだろうと。  許して貰った証明はただ一つ。  夢の世界で、雨が降ることで。 「お願い、もう、もう十分私、苦しんだでしょ?もう満足でしょ?雨、降らせてよ!終わりにしてよ、ねえ!私を……私を現実の世界に帰してえ!!」  私が彼女の胸に縋り付いた、その瞬間だった。 「やだよ」  頭の上から落ちて来たのは、感情のない声。 「あたし、めちゃくちゃ苦しかったんだよ。お腹がすごく痛くて、喉が渇いて、助けてってカヤちゃんに言ったよね。でも、カヤちゃんは助けてくれなかった。あたしを置いて逃げた。入れた薬が、すごくやばい毒だってわかってたくせに。ちょっとした悪戯?それで許されると思ってるの?あたし、何時間も苦しんで死んでったんだよ」 「こ、ことり、ちゃ」 「だから許さない」  ぐい、と髪の毛を掴んで無理やり顔を上げさせられる。見たこともないような顔で笑うコトリちゃんの顔が、目の前に。 「今日も、明日も、明後日も、明々後日もずーっと晴れだよ。雨なんか降らないよ。カヤちゃんも、もっともっともっと、渇いて苦しんでね」  絶望に、目の前が真っ暗に染まる。私が膝から崩れ落ちたあと、彼女はいつも通りの声に戻って言ったのだった。 「さあ、カヤちゃん!一緒に帰ろ!」
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