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   ゴールデンウィーク明けの最初の週末。  河川沿いの道を歩く愛良の隣には高身長の青年がひとり。  愛良はふと足を止めた。防護柵の手すりに肘をおいてスマートフォンをかざす。夕暮れ前。水色の空はうっすらしてきた。パステルカラーの空と綿飴のような雲の隙間から、薄明光線がのびて神々しい情景を生み出している。 「すごい。雲のうしろから光がさすと暖色と寒色が一緒に見えるんだね。こういう空が大好き」 「明日世界が終わるなら、愛良は最後になにがしたい?」 「えぇ、どういう意味」  振り返って笑いかける。 「撮りたいって言うんだろうな。スマホの容量占めてるのほとんど写真でしょ」と彼はいって後方のベンチに腰掛けた。  難波(なんば)大和(やまと)は経済学部の三年生。文学部から転部試験に合格して学部を移った。愛良とは交際を開始してまもなく一年。冷静沈着で(なび)かない性格。マイペースな気質はふたりの共通点。入学後に理紗の紹介で知り合った。大和と理紗は同じ高校の出身だ。 「写真は時間を切り取るってよく言うでしょ。でも現実は流れ続けてる。時間は止められない。しかも人生の選択は、撮り直しみたいなことは簡単にできない」愛良は大和の隣に腰掛けていった。その声色は少し暗かった。 「愛良は進路が決まらないって言ってるもんな」 「理紗に言われた。『もう就活は始まってる』って。でも私は気持ちが追いつかない」 「心配しなくても、愛良なら面接で落ちることはない」 「どうして?」 「見た目。あとバイリンガル」 「もう。まじめに話してるのに」 「まじめに答えてるよ」  大和はクールで不敵に口角を上げる笑い方をする。彼は続けた。 「十五年間の海外経験。現地校に通って、なおかつ成績もずっと上位だった。そういう人材は得難いと思うよ」 「上位って、口で言うのは簡単だけど、実際こっちは血眼だったんだから。外国人の私が学校の中で身を守るためには、まわりの大人たちを味方につけることが必要だった」 「ませた小学生だな。そんなこと考えてたのかよ」 「私は繊細なんです」 「知ってる。でも親からそういう(しつけ)を受けていたわけ?」 「違う。それは両親じゃなくて」 「じゃなくて? まぁ、俺もその考えは同感。どこの世界でも、いったん落ちこぼれのラベリングされたら相当キツイ」  そこで長嘆息をついた愛良。大和は軽く鼻で笑っている。 「不安になるのはわかるけど、まわりに合わせなくてもいいんじゃないの。俺は大学四年じゃ不十分。今の自分のまま就職しても先で伸びないって目に見えてる」 「……だから大和はアメリカへ行くの?」 「それもあるけど。MBA取るなら日本を出るしかない、と思った」 「いいね。、目標がしっかりしてると、今ある時間を無駄にしないで済む」  愛良の活気に欠ける声に大和は淡々といい返す。 「愛良は、こうしなきゃって思いすぎだよ。自分に合う企業を見つけることに時間使うより、自分のしたいことがなんなのかはっきりさせたらいいんじゃないの。話はそのあとだよ」 「自分のしたいこと?」 「それは最重要でしょ。就職以外にも、事業起こすとか、フリーランスとか、働き方は他にもあるんだし」 「うん。ありがと。今日の大和は話をたくさん聞いてくれるね」 「なんだよそれ、意味わかんない」  再び川のそばまできて愛良は柵に手を置いた。空模様を見てみると、茜色がネオンのように輝いていた。もう日が暮れる。  別れ際に愛良は名前を呼ばれて視線を上げた。タイミングよく、彼は彼女の後ろ髪に手をまわして顔を近づけた。 「大和……」  愛良がなにか意志表示をする隙はなかった。大和は愛良の唇を奪った。  ——彼にキスをされると、後ろめたい気持ちになるのはどうしてなのだろう。  どうして、そんな気持ちになってしまうのか、愛良自身にもわからなかった。   
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