究極の選択

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 グエルブ王国はサーシャのいるデーア大公国の北端と隣接する獣人の国だ。人口の8割が獣人――つまり動物の耳と尻尾を有し、腕力や聴力、嗅覚が人間より優れている種属。サーシャが知る限り、人間の貴族がグエルブ王国に嫁いだという話は聞いたことがなかった。 (そもそも、僕はうちにいる猟犬たちですら怖いっていうのに……。グエルブ国王はたしかユキヒョウではなかったか?)  幼い頃小型の犬にお尻を噛まれたことがあり、それ以来サーシャは動物全般が怖くなってしまった。なのにヒョウと暮らすなんてとんでもない――。 「父上、どちらの嫁ぎ先もあんまりではありませんか」 「仕方がないんだ。このままでは領民たちが暴動を起こしかねない。お前が嫁に行ってくれさえすれば借金を返すことができる」 「そんな……」  サーシャはあらためて書斎内を見渡す。以前父が好んで飾っていた絵画や彫刻が姿を消し、棚や壁にはところどころ不自然な空白があった。ここ最近、父がやむを得ず屋敷内の装飾品や絵画を手放していることはサーシャも知っていた。 「それに北の国グエルブの縁談に関してはわがデーア大公グスタフ殿下からの打診でもある」 「殿下から?」 「グエルブ王国とは例の事件のせいで今現在まだ同盟を結べていないだろう? 我が国のことを信用してもらうためにもレーヴェニヒ一族の血を引く花嫁を送り出す必要があるとおっしゃっていた」  土木建設技術の発達しているデーア大公国は人口が少なく、働き手が不足していた。そこで獣人国の屈強な若者を作業員として派遣して貰う代わりに、設計等の技術をグエルブ王国の人員に積極的に指導するという条件で同盟が結ばれる予定だった。  しかし昨年獣人国グエルブとデーア大公国の代表者会談の直前に、獣人側の国王夫妻が暗殺されるという事件が発生。当時のグエルブ国政府は人間側による犯行だと主張して交渉が決裂。同盟の件は白紙に戻った。 (再度交渉を進めるため新しいグエルブ国王に人間のオメガを人質として差し出そうというわけか) 「話は以上だ。私は人と会う用事があるからね。サーシャ、あとで答えを聞くから考えておきなさい」 「わかりました、父上」  父がこれから会うのは借金の取り立て人だ。そんな父に対してこれ以上不平を言うことはできなかった。
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