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2. 恵まれた子息たち
1997年6月――東京はまだ梅雨入り宣言はされていなかったが、ここ数日はぐずついた天気が続いていた。
どんよりした空を見ていると、平和な高校生活で何ら悩み事などない灯真でさえ、気持ちが晴れなかった。弁当を食べ終え、教室の窓から何とはなしに校庭を見ていた。
予鈴が鳴った。5時間目の授業にむけて校庭と廊下は慌ただしくなった。
チャペルの前ではもう5時間目の支度をすませた小学生が甲高い声を上げてはしゃいでいる。
教材を抱えながら廊下を走って高校生とぶつかった中学生が「あぶねーな!」と怒鳴られている。
灯真たち高校1年生の教室ともなると、予鈴を聞いても「まだ5分あるよ」と緊張感なく昼休みの状態が続いている。
小学校から高校までの私立の男子校。上に構える総合大学は東京でもそれなりの人気を保つ名門校だ。
「げーっ、次、英語じゃん!」
クラスメイトが教科書を机上に出すのを見て、光輝はうんざりとした顔で叫んだ。隣で正樹が笑う。
「寝てりゃあいいじゃん。じいさん、どうせ指さないし、生徒の名前も顔も覚えてないんだからさ」
困ったものだ、と灯真は思った。小学校入学以来、兄弟のように仲良く付き合ってきた光輝と正樹とは、中学時代から一緒にバンドも組んでいる。高校に進学して二か月。軽音部でのバンド活動は順調だが、光輝と正樹は全然勉強しない。特に光輝は初めての中間試験でほとんど赤点ばかりだったようだ。
「でも、じいさん、寝てると起こすじゃん。どうせ寝るなら、ゆっくり寝たいから、俺、ちょっと出るわ」
光輝は大胆にも机ごと教室を出ようとしている。
「お前、頭いいな。机ごといなかったら、じいさん、まず気が付かないだろうな。生徒の名前も顔も覚えてないんだから」
二人は「ぎゃはは」と笑うが、まじめなクラスメイトは眉をひそめていた。
光輝はどこへ移動するつもりなのか、机に椅子を逆乗せして抱えると、本当に教室を出て行ってしまった。
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