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「面白くねえ」
多吉は重い荷を背負い、山道を登りながら呟いた。
そろそろ雪が舞いそうな冬の夕暮れ時、多吉は名主に用事を頼まれて町に降り、村に戻る途中だった。
早くしないと真っ暗になる。夜の山道は魑魅魍魎が現れ危険だ。
背中の荷は名主の息子との婚礼で村娘の彩が着る白無垢一式だった。
町の呉服屋に頼み彩のために誂えたものだと、名主が自慢していた。早く見たいと名主の女房が言い出して、多吉が引き取りを頼まれたというわけだ。
多吉と彩は幼馴染だ。
「大きくなったら、多吉さんのお嫁さんになる」
幼い頃そう約束していたが、名主の息子に見初められると、彩はあっけなく承諾してしまった。小作の多吉に勝ち目はなかった。
村に若い女は少ない。この分だと、嫁の来手はないかもしれない。幸せそうな彩達を見ると、はらわたが煮えくり返った。
「婚礼がなくなればいいのに」
温厚な多吉だったが、ちょっと魔が差してそんな言葉が漏れた。
木々が生い茂る山道をさらに登って行くと、遠くに村の入口が見えた。『オマモリサマ』がそびえ立っているので、遠くからでもわかった。
『オマモリサマ』は藁でできた巨大な人形だ。毎年、米の収穫が終わると、村の男総出で作って村の入口に置く。外界から村に入ろうとする魔を追い払い、災いを祓う、村と山の境界の『道切り』の役目をしてくれる守り神だ。
この辺りに蔓延している流行り病に多吉の村では誰一人罹っていないのは、『オマモリサマ』のおかげと信じられていた。
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