山のモノ

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 規則正しく生地された住宅街は碁盤の目のように全ての道が直角の交差点になっていて,初めて遊びに来た友達は必ずといってよいほど迷子になった。  この一帯の建売(たてうり)住宅はみな同じデザインで,一目でわかる違いといえば窓の位置とベランダの向き程度だったが,住み慣れた住民でもなければその違いはわからないくらいで,すべてが無機質なこの町はどこか冷たさを帯びていた。  大庭芳康(おおばよしやす)は,両親が若い頃にまだ安かったこの場所に家を買い,この土地で生まれ育ち,住民が増えて町が大きくなるのと一緒に成長してきた。  芳康が幼い頃はまだ空き地も多く,畑に利用されている土地があって風通しがよかったが,高校生になったいまでは空き地を見つけるほうが難しく,幼い子どもがいる若い家族が毎月のように転入してきた。  中学生までは歩いて学校に通っていたが,高校生になると近所にある古い神社の先のバス停から駅に出て,電車で三つ行った駅にある公立高校へと通った。  酷い冷え込みが続く冬が終わり,陽が伸び始めると芳康にとって高校生活最後の大会に向けて練習量が増え,疲れ切った身体で家路につくの頃には空がすっかり暗くなっていた。  人気のない街灯の少ない暗い夜道を歩いて帰るのは,それが生まれ育った住宅街でも芳康にとっては多少の緊張感があった。  バスから降りて街灯の下を練習用のバスケットボールシューズが入った鞄をぶら下げて歩いていると,暗い神社に人影が見えた。  芳康が人影に警戒しながら神社の前を通り過ぎる瞬間,ボソボソと何かを呟きながら神社の石畳みを布のようなもので拭いている年配の男が視界に入り,その口元がなぜかやけに目についた。 『え……誰……? 見たことない人なんだけど……。なにか言ってる? 酔っ払い? うわっ……きもっ……なんか涎垂れてね?』  男の口元がクチャクチャと音を立て,粘り気のある涎が顎を光らせた。  握りしめた布がキシキシと不自然な音を立てたが,男は四つん這いになって俯いたまま顔をあげることなく石畳みを拭き続けた。
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