エピローグ——L'épilogue

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エピローグ——L'épilogue

*** 「……ってことがありましたわねぇ。もう7年前ですか!? 懐かしいですわ~! あ、もう一杯いただけます?」  ハロウィンだしおしゃべりでも、と押しかけてきたマリーナが、空になったティーカップを持ち上げる。  ジムナーズの生徒たちがときどき世話を焼きに来てはくれるけれど、用務員室はどうしてもものが溢れてごちゃごちゃする。  優雅なティータイムとはいかないわよ、と言っておいたというのに、このまだまだ新米の魔女は「お気遣いなく~!」と居座る気満々だ。嫌ぁねぇ、もうすぐ大好きなドラマが始まるっていうのに。 「やれやれ、魔女界でも人間界でも、こんな老いぼれをこき使うのはあなたくらいのものよ」 「おいぼれだなんて! 我らの崇めし伝説の魔女・ステラ様のご健在は、常識中の常識ですよ! ということで、お代わりお願いいたします♡」  はあ~、とこれみよがしに溜め息をつきながら、紅茶を淹れてあげる。  普段は世を忍び、ジムナーズの老用務員として日々をのどかに過ごしてはいるが、魔界の存在たちとのコンタクトを断っているわけではない。マリーナの言うとおりまだまだ現役だ。  ところでドラマ、ちゃんと録画予約できているかしら、不安だわ。魔法と違って、機械にはまだまだ慣れない。  それにしても、とマリーナがまた喋り始める。 「あの『魔法の布』の試験の年のハロウィンに、たまたま訪れたこの屋敷が、恐れ多くも憧れのステラ様のショバ……こほん。テリトリーだったなんて、本当に存じ上げなくて。勝手ながら運命を感じてしまいます」  運命ねぇ、と一応相槌(あいずち)を打つ。 「魔法の技術は問題なし! てことでカラスの羽根を贈られていたけど、肝心の『人間を幸せにする』が達成できなくて。星影の加護のローブがダメならと、次は真珠のハンカチを出してみたものの、さらに空振り。  ぜえぜえ言いながら涙ぐんだアマーリさんが現れたときには、もう今年の合格は無理かと思いましたわ。  でも! そんなピンチのときに、なんともありがたきお声が! 『頭の中に直接』とはこのことか! と衝撃を受けました! 私、テレパシーを受けたのはあれが初めてで……」  そうそう、なんだかんだ私もお人好しなもんで、私以外に魔女がいる気配を察知してつい口出しをしてしまった。 「『魔法は結構、ただのブランケットを渡しておやり』と、それはそれは優しく諭してくださった——あのアドバイスがなかったら! きっと私、今でも見習いのままでしたわ」  魔法は使えるだけ使えばいいというわけではない。優れた魔女は、使うときと引くときの塩梅を何より大事にしているものだ。  こと、私クラスともなれば、時に魔法より人間が発揮するパワーのほうが、よっぽど強いことも充分心得ている。あの星の双子(エヴァとミリアン)なんて、その最たるものだった。 「でも、あのブランケットには星屑どころかな~んの魔法もかかってなかったわけですから、エヴァさんを幸せに導いたのはアマーリさんでしたのに。そこだけ、手柄をぶんどったみたいで胸が咎めますの」  マリーナが溜め息混じりにつぶやく姿に、まーなんて若い! 初々しい! 私にもこういう時期があったわね~! とちょっと胸がキュンとした。いいわね、私、こういうの大好物。 「いいんだよ、あのとき必要だったのは、あんたから渡されたブランケットとアマーリの気づきだったんだから。  魔女なんて言ってもね、結局はこの世の観察者に過ぎないのさ。神の目を盗んで、ほんの少し出しゃばるくらいのことはできても、幸せになるかどうかはその人間次第」 「そうですかねぇ、そうだといいんですけど。アマーリさん、幸せだといいなぁ。ぴかぴかメガネを、元気にくいってしてるといいなぁ」  思わず、ほっほっほ、と笑ってしまう。あの鋭い眼光が、メガネと一緒にキラーンとしている姿が、ものすごく目に浮かぶ。 「あのね、マリーナ。あんたが幸せにしたのは、エヴァとアマーリだけじゃないみたいよ。あの子たち6人全員を、冬の寒さ、厳しさから守ってあげた。それにね、どうやらまたひとり増えたみたい」  え? と顔を上げるマリーナに、「見なさい、星の動きを」とラップトップに表示されたホロスコープを見せる。  この世界は人間と運命、そして少しの魔法が織りなす、一枚の長大な織物だ。どこかにほつれが生じるたびに繕い、大きく引き裂かれることがあっても丁寧に縫い合わせていくほかない。  この新米魔女も、これからたくさん(ほころ)びを目の当たりにすることだろう。  傷ついた人たちがつくる、傷だらけの歴史がどれだけ壮大で深遠なものなのか、だんだんと理解していくだろう。惨憺(さんたん)たる悲劇と、それを上回るほどの奇跡が、この世界を作っていることを知るだろう。  だけどそれはまた、別のお話。  何はともあれあまねく人が皆、ツギハギだらけのブランケットに包まれ、冬の寒さを凌いでいけますように。Joyeux(ジョワイユ) Halloween (ハロウィン)(ハッピーハロウィン)!  ~Fin.~
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