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――そんなこと、考えたこともなかったはずやのにな。
兄弟同然だったはずの幼馴染みに、なにを言ったらいいかわからない、なんてことは。溜息を呑み込んで、できるだけなんでもない声を出す。
「俺がええっておばちゃんに言うたんやから、おまえが謝るようなことやないやろ」
「まぁ、そうかもしらんけど。でも」
「ええから。乗ってって」
言い募ろうとするのを遮って、暎は背を向けた。車内で待っていると、根負けした様子で助手席に乗り込んでくる。
「ごめんな、ありがとう」
「うん」
「でも、春海なんて呼ぶから、誰かと思った」
シートベルトを締めながら、そんなことを春海が言う。
後部座席に放り込まれた荷物は、長期滞在をするとは思えない少なさだった。淡白な幼馴染みらしいと言えばそれまでかもしれないが、よくわからない。
「うん」
答えになっていない相槌を繰り返して、エンジンを回す。視線を感じて隣を向くと、興味津々といった顔と目が合った。
「……なに?」
「ううん。あきちゃんが運転席に座っとるん、変な感じやなぁと思って」
「免許もっとらんの?」
「東京やったら、なくても生活できるから」
さらりと応じて、春海が笑う。記憶にあるものと横顔は変わらないのに、この町の訛りが少し抜けているように響いた。
聞き馴染んだ声が紡ぐ耳慣れないイントネーションが、どうにも落ち着かない。据わりの悪さを誤魔化したくて、暎は共通の昔馴染みの名前を挙げた。ふたつほど年上の幼友達で、今は春海と同じく東京で生活している人。
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