天然彼女

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天然彼女

 新堂くん、今、何て言ったんだろ?  心の中で私は首を捻る  夏…?夏って言ったよね?あとは、デ…?テ…?テーマ、かな…?  昼休みの中庭は、生徒たちでそこそこ賑わっている。ボソボソと話す彼の声は、喧騒にかき消され、途切れ途切れにしか聞こえてこない。  もう一回言ってほしい。なんて言ったら、新堂くんきっと困る…よね。  彼は、見た目はヤンチャなスポーツ少年なのに、驚くほど口下手だ。  そんなところも好き、だけど。  隣に座る彼を、横目でそっと見る。  困ってるんだろうなあ、きっと。私なんかと付き合う事になって。  はああ、と心の中の私は、大きなため息を漏らした。  新堂くんに一目惚れしたのは、入学式の朝だ。彼が同じクラスだと知り、私は勢いのまま、人生初の告白を試みた。が、あまりの緊張に、「今日は暑いなあ」と呟きながら彼の前を通り過ぎることしか出来なかった。その後も何度か同じことが繰り返され、ショックのあまり私は高熱で寝込んだ。そんな時、救いの手を差し伸べてくれたのが、クラスの友人たちだ。私とは違って女子力の高い彼女たちは「まかせて」と笑みを浮かべた。  そして、熱が下がって久しぶりに登校した私は新堂くんに告白されたのだ。もちろん私の返事はYesだ。  だけど、分かっている。新堂くんからしたら私は独り言ばかり言う変な女だ。そんな女を好きになってくれるはずがない。たぶん、友人たちに頼まれて、仕方なく私に告白したのだろう。  本当はちゃんと言わなきゃいけなかったのだ。新堂くんに。いいよ、無理しないで、私なんかと無理に付き合わなくてもいいよって。だけど口に出せないまま、一週間が経ってしまった。  いつもそうだ、私は。しっかりした人間になりたいのに、大事なことをきちんと伝えられず誰かに迷惑をかけてしまう。本当に私はダメな女だ。  だけど、今は落ち込んでる場合じゃないよね。  考えなきゃ。  新堂くんが、私に何を伝えたいのか。  あまり性能の良いとは言えない頭を、私は精一杯回転させる。  夏、テーマ…。  やっぱり全然分からない。新堂くん、何かヒントくれないかなあ。  私の思いが通じたかのように、新堂くんはまた口を開く。さっきよりも大きな声だ。 「い、いくつかアイディアを考えてみたんだ。安村さんはどういうのが好きか、聞かせてもらってもいいかな?」  分かった!  心の中の私はポンと手を打つ。  夏、テーマ、アイディア。  頭の中を彷徨っていた単語たちが、きれいに整列した。  夏がテーマの、小説コンテストのアイディアだ!  思い出す。あれは昨日のことだ。いつものように小説サイトを覗いていた私は、見覚えのない見出しに目が止まった。 『募集開始!誰でも気軽に参加できる小説コンテスト、テーマは「夏」!』  夏、テーマ、アイディア。このタイミング。そして、新堂くんの、いつもより緊張した顔。  となると、導き出される答えはもうこれしかない。  私は確信した。  きっと新堂くんもそのサイトを見たんだ。それで、その小説コンテストに応募しようとしている。だから、そのための作品のアイディアについて、私の意見が聞きたいんだ。  いつも陸上部で黙々と走っている新堂くんが小説を書くなんて、ちょっと意外な気もするけれど。  でもこれって、「彼女」だから打ち明けてくれたのかな?  心がじわりと温かくなる。  こんな私でも、新堂くん、頼ってくれるんだ。  だとしたら、期待に応えなきゃ。  もし私が新堂くんに最高のアドバイスを出来たら。新堂くんに頼れる彼女だって思ってもらえたら。そうしたら少しでも、私の事を好きになってくれるかもしれない。  どうか神様。  お願いします。  こんなポンコツな私だけど、今だけは、私に新堂くんの「頼れる彼女」を演じさせてください。 「うん、いいよ」  にっこり笑って、私は大きく頷いた。
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