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「そう…なんだ」
それなのに、急に隣に来てしまったの、申し訳ないことしちゃったな。
自分のことしか考えていない行動だった。
気まずさと罪悪感でいっぱいになっていると、私が落ち込んでいると思ったのか、「でも」と陽太くんが言葉を続けた。
「隣に来てくれたの、嬉しいって言ったのは本心だから」
「へ…」
本当に、嬉しいって思ってくれたの?
からかわれたのに?
私は目の前のノートから顔を上げて、隣に座る陽太くんに目を向けた。
視線が重なる。
こっちを見ていないと思っていたから、目が合うなんて思ってもいなくて心臓がバクバクと脈打つ。
一生分の血液を今送り出しているんじゃないかと思うくらい動悸が激しい。
「梅雨が明けて、あんまりこうやって話せなくなるの嫌だから、からかわれるの気にせずに明日から、話しかけてもいいかな?」
「明日から?」
私は思わずそう聞いていた。
これからは雨じゃなくても話せるというだけで十分なのに、私は一体なんて欲張りなんだろう。
心では欲張る自分に呆れても、でもやっぱり明日からという言葉は期待以上の期待をしてしまいそうで。
「…ううん、今日から。俺、雨宮さんともっと、……――」
言葉の続きは、バスのアナウンスと乗降口が開くブザーの音で掻き消された。
でも、それは私が何度も願ったことだから、口の動きだけで何て言ったかわかった。
近づきたい。
陽太くんは、確かにそう言った。
「私も」
梅雨の間、何度バス停で話しても、縮まらなかった座席2つ分の距離。
梅雨が明けた今になって、その距離は急激に縮まった。
私は今、陽太くんと肩が触れ合いそうな距離にいる。
このバスを降りたら、距離はまた少し離れるけれど。
大丈夫。だって、陽太くんが距離を縮めたいと思ってくれていることがわかったから。
きっと、いつかは肩が触れ合っても離れなくていい距離になれる。
私にはそんな確信があった。
雲間から覗く晴天から、それを後押しするように、一筋の光が差し込んだ。
〈完〉
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