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 俺は職場の先輩である笹原(ささはら)茉里(まり)さんが好きだ。マイラブ。世界で一番愛しい人。もう本当に頭おかしくなるくらい好きで、愛情はいまだ増すばかりだ。先輩のおかげで今の俺があると自信を持って言える。先輩に会うまでの俺は何ていうか空っぽだったから。だからとりあえずはつまらないとは思うけど、俺自身の話から聞いてほしい。  俺は高卒で就職したけど、まあ色々あって、最終的には上司を殴ってそのまま自主退職(という名のクビ)まで行ってしまった。たった一年で。堪え性が無いやつだと自分でも思うし、こんなこと恥ずかしくてツレにも言えない。しかし悲しいかな次の日にはツレどころか近所みんなに知られていた。田舎のネットワークを舐めてはいけない。  しかし田舎だから仕事は本当に少ない。ひたすらに山しかないんだもん。ただ俺は生まれ育った地元からは離れたくなかった。廃病院や廃ラブホに肝試しに行くか、近所に一軒だけあるコンビニの前で駄弁るか、デカいスーパーの二階にあるゲーセンに行くかぐらいしか遊び場が無いけど、みんな困った時は助け合うし結束が固くて居心地が良いと思ってた。ツレも沢山いるし、気の良い先輩も後輩もいるし。でも俺が仕事探してるからって自宅でヤバい草を育てたり、手当たり次第に電話をかけて怪しい勧誘をするアレな仕事を紹介するのはやめて欲しかった。  だからツレが前にバイトしてたよしみで、パチ屋のホールスタッフに雇ってもらった。髪色もピアスも自由にできるからそこで三年間くらいダラダラ働いてたら、よく打ちに来るおっちゃんと仲良くなったんだ。恰幅が良くて、髪は白髪混じりで眉毛が太くて声がやたらでかい、そんな人だった。  駐車場に停めてた俺の愛車(当たり屋でパクられた先輩から譲り受けた)を「お兄ちゃん、良い車乗ってるなあ」って声をかけられた所から段々と話すようになって、駐車場の隅で一緒に煙草吸ったりしてた。おっちゃんはノリが良くて話が面白くて、いつも若い男を何人か引き連れてた。やたら人脈があって、苗字は「前島」って言うんだけど、一緒に歩くたびに「まえしまさん、まえしまさん」って色んな人に声をかけられてた。  だから最初は堅気の人じゃあないなって思ってたんだけど、意外と普通の会社の役員らしかった。引き連れてた子分みたいなやつらも会社の従業員だったんだ。
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