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世界のすべてが黄金色に染まっていくと,むせ返るような金木犀の甘い香りが再び湧き立ち,丘の上で佇む富子の呼吸が止まってしまいそうになった。
「あなたが私から離れないように,二度と私を裏切らないように……ずっとつなぎ止めておこうと決めた……そう,二人の時間が出逢ったときに戻らないのなら,いっそ二人の時間を止めてしまえばいいと思ったの……」
誰もいない田舎の片隅で,二人を包む満開の金木犀が小さな花びらを嵐のように咲き散らし,小さな丘から見えるすべてのものを燃えるような黄金色に染めた。
「私はあなたを独占しようと決めたの……」
風に揺られて耳を塞ぎたくなるほどうるさく咲き乱れる金木犀が,二人を見下ろすように枝をしならせて嵐のように花を舞い散らした。
「ああ……あなたに逢えばこうなることはわかっていたのに……独りよがりの愛だってわかってる。でも,こうして二人の時間を止めたから。あなたはどれほど酷いことを私にしたか……そんなあなたは永遠に私だけのものになる」
薄い唇が微かに緩み,冷たい微笑みが血が滲んだような赤黄色に染まった小さな肉塊の山に向けられた。
富子が豊久をこの金木犀が咲き乱れる丘に埋めようと決めたのは,豊久が綺麗な花が咲く丘があると,両親を亡くして落ち込んでいた富子を連れてきてくれた三年前だった。
あの日,豊久の運転する車が緩やかな山道に入ったときに,すでに山はオレンジがかった黄色に染まり,金木犀の甘い匂いに包まれていた。
そして二人が乗る車のすぐ後ろに何台もの車が続いていたのを富子は視界の端でドアについたミラーで何度も確認していた。
その時の記憶が蘇ると,身体の奥から震えが走り,豊久の異常さを思い出した。
「ああ……あなたはいつからそんなに狂っていたの? 私に出逢う遥か昔から? 新卒として家にやってきた時,あなたはとても美しく,既に狂っていたの?」
富子は三年前のあの日にこうすることを決めていた。
それは豊久が残酷ともいえるほど無惨に富子の心と身体を弄び,富子の家族までもを奪ったことへの復讐と同時に生き甲斐を与えられたことへの感謝からだった。
「ああ……三年も前からあなたを想い,あなたの狂気を受け入れてきた……たった一人になった私にこんな素敵な憎しみと苦しみ,そして深い愛情を与えてくれた……この三年間はなんて素敵な時間だったんだろう」
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