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むせ返るような甘い金木犀の香りの中で,オレンジがかった黄色,橙黄色の小さな花びらに包まれながら豊久が優しい笑顔を見せた。
頬の肉は削げ落ち,正面から見ているのにやけに白い奥歯までハッキリと見えた。
大きな玩具のような真っ白い眼球が糸を引いてゆっくりと顔からこぼれ落ちてゆくと,舞い散る赤みをおびた黄色い花びらが風に吹かれて眼球に絡みつき美しく飾り立てた。
艶のある柔らかそうな髪の毛が頭皮と一緒に剥がれ落ちて頭蓋骨が剥き出しになると,人間としての形を保てなくなった豊久は膝から崩れ,辺り一面を黄金色に染めた金木犀の絨毯にゆっくりと横たわった。
誰もが振り返るような豊久の美しく整った優しい笑顔は半分が消えてなくなり,残った半分がかつての美しさを保っていた。
「ああ……どうして私にあんなに酷いことばかりしたのに,どうしてあなたは私の心を奪ったまま消えていくの……かつてあなたが真新しいスーツを着て,新品の靴を自慢するかのように笑顔で私の両親を訪れた日が忘れられない……」
肩から抜けて崩れて落ちた腕が不自然な方向に折れ曲がり,肉片が小さな山となった。
崩れた肉塊は半分白骨化した頭が,唯一それが人間であったことを主張しているようだった。
金木犀の甘い香りを上書きするかのように鼻につく腐敗臭のような臭いが辺りを包み,漏れ出す腸と糞尿が黄金色の絨毯を酷く汚した。
「ああ……この金木犀の香りが残っているうちに,あなたの存在が消えてしまう前に……一度でいいから抱きしめて欲しかった。あなたは私の心を奪ったまま……私に触れることなく消えてしまう……」
風に舞い散るオレンジがかった黄色い金木犀の花びらが辺り一面を黄金色に染めると,醜く崩れ落ちた肉塊さえも再び美しく飾った。
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