柿の木の男

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 晴人(はると)佳世(かよ)が二人の職場から近いマンションに部屋を借りたのは,将来を考えてのことだった。  バイト先で出会い,周りからも勧められて付き合うようになった。お互い初めてのことばかりで,晴人しか知らない佳世と佳世しか知らない晴人は,いつもしっかり手をつないで二人で一緒に「初めて」を経験していった。  何度も肌を重ね合い,ずっと二人で生きていこう。一緒に歳をとって一緒に「初めて」を繰り返そうと誓い合った。 「これからもずっと,二人でいようね。よろしくね」  佳世の笑顔が愛おしく,休日は二人で映画を観たり,一緒に料理をしたり,他愛もないことが幸せを感じさせた。  まだ若い二人がこれから先,一緒に歳をとっていく夢をみて,いつか家族が増えることを二人で望んだ。  時には喧嘩もしたが,二人での生活は順調で毎日が幸せだった。  そんな二人が暮らすマンションは築年数が古いせいか,長く住む人がいないらしく家賃もこの地域では安くなっていた。  二人が借りた部屋も激しく雨が降る日は小さなベランダが不安になるほどギィーギィーと大きな不快な音を立てた。  管理会社には何度か連絡をしたが業者が確認にきてもベランダの修理が必要な場所をみつけることができなかった。  そんなベランダから見える小さな空き地には,かつてそこに家が建っていた名残りと,その家に住む家族が植えたのであろう大きな柿の木が若葉を生い茂らせていた。  二人は休日の午後によくベランダに出て,景色を楽しみながら,将来について語り合った。 「小さくてもいいから,いつか一緒に庭のある家に住みたいな。佳世はマンションで生まれ育ったから戸建てなんて想像できないんじゃないか?」 「私はマンションか可愛いアパートがいいな。戸建てだとお掃除が大変そうだから」  お互いの育ちの違いを面白がり,笑って手を取り合い,空が真っ赤に染まる陽が沈むなか,ベランダから主を失った柿の木を眺めた。
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