動く

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 *  午後6時過ぎに名古屋を発車したのぞみ242号は、三島を通過したところであった。  疲労から座席で眠り込んでしまった凛は、ふと目を覚ました。  普通席の車両の乗客はまばらで、凛は3列のシートに一人で座っている。  車窓には、疲れた女の顔が映っていた。  ──そろそろ結婚でもしたらどうだ?  そう言われると、今まで何に(こだわ)って駆けずり回っていたのだろうとも思えてくる。  でも、この事件だけは。  「これが終わったら、キリつけようかなぁ……」  凛は、車窓に映る自分に向かって呟いた。  その顔はすぐに難しいものに変わる。  ──どうも嫌な感じがするんだ、この事件(ヤマ)はよぉ。  綿貫が『何となく』という感覚でものを言うのは珍しい。  ずっと胸に引っかかっていた。  あれは刑事の勘なのだろうか。  凛は、鞄から写真を取り出した。  元教師から借りてきた、色褪せた学級写真。  不良のような格好をした五百扇雪彦は、中学3年時とあってやや幼く見える。  そして、過酷な環境の中にいた水浜一香という少女。  15歳。  この3年後に事件が起こることを、誰が想像できただろう。    帰りの道中で、何度もこの写真を取り出しては考えていた。  髪で隠された水浜一香の顔。  僅かに見える顔の輪郭。  下から(すく)うようにカメラを見据える目。  いじめの首謀者、五百扇雪彦──。    突として、凛の頭の中に閃光が走った。  何故、今まで気がつかなかったのだろう。  凛は駅弁に手をつけるのも忘れ、食い入るように写真の2人を見つめた。  事件が動く。  とんでもない方向へ。  この仮定が正しければ、が使えるのはしかない。  東京湾の魔女は、実在する──。  
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