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千代は毎日夕方働いているから、その分夕食の支度は免除、ということになっている。
「千代がうちに来てもう五年経つのね」
「そうね。うちも商売をやめてしまったし、千代はうちで働くより、ご実家に帰ったほうがいいと思ったこともあったんだけど」
千代の実家には、まだ小さい弟妹がたくさんいるから、家の手伝いをしたほうがいいのではないか? と、そんなふうなことを母が尋ねたところ、千代からもご実家からも、『お給金は要らないので置いて下さい』と、頼まれたそうである。
「でも、外で働いて、いくばくかのお金になるなら、絶対そのほうがいいのよね。いずれは、うちが責任持って、千代に誰か良い人を探してあげないと」
「婆やみたいに我が家の一員になってもらう手もあるわよ」
棚から食器を出している律子が口を挟むと、母は笑った。
「千代も我が家の一員と言っていいわね。ただ、婆やは一度結婚して旦那さんと死に別れて天涯孤独になっちゃったから、事情が違うしね」
婆やは、母の実家で今の千代のように働いていた人で、ごく若い頃に嫁いだのだが、ご主人が事故で亡くなってしまい、母の実家に舞い戻ってきた。父と結婚した母に付き従い、現在は私たち姉妹の祖母のような存在となっている。
「女の人生いろいろね。……結婚って、しないといけないものなの?」
律子の問いに、母が「は?」と返事した時、
「ただ今、戻りました」
千代が息せき切って台所に現れた。
「お帰り、お仕事ご苦労様」
母がにっこり笑う。
「申し訳ありません、少し遅くなってしまいました」
「それはいいのよ。ただ、雇用主さんに時間厳守してもらわないとね。帰りが遅くなって、変な輩に絡まれたりしたら困りますからね」
「はい! 私も気をつけます。でも、今日は……」
千代は私のほうを見て、何か言いたげである。
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