花に嵐

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花に嵐

「お帰りなさいませ」 家に帰り着いた時、婆やが満面の笑みを浮かべて私たちを出迎えてくれた。 婆やに挨拶してから帰ろうとする公威さんを、婆やは目を細めて惚れ惚れと見ている。 「今日は、ありがとうございました」 私はなんとか公威さんにお礼を言ったけれど、気持ちは沈んでいた。彼が外地に行ってしまうかもしれないということが、胸にしこりのようにつかえている。 「文子さん、そんな顔をしないで下さい。まだ決まったわけではありません。私以外にも候補者がわんさと居ますし。それに、行くとなっても短期間だと思います」 婆やが物問いたげな顔をしているが、公威さんは、「では、私はこれで」と言って颯爽と帰って行かれた。 彼を見送る私は、不安な気持ちでいっぱいだった。 晩御飯の支度を手伝いながら、私は公威さんに言われたことを婆やに説明したところ、婆やはあっさりしたものだった。 「軍人さんですからね。行けと言われれば、何処へでも行かなくてはならないでしょうね」 「考えたこともなかったわ」 「公威様はまだお若くていらっしゃるから、今まで戦地に行かなくて済んでいた、と思えばようございますよ」 遠い欧州で繰り広げられていた戦争は、私たちにはあまり関係ないことと思っていたけれど、そうではなかったのだ。 丁度そこへ帰ってきた律子も、私たちを手伝いながら教えてくれた。 「それはそうよね。大戦景気といって、日本は今ものすごくお金持ちの国なんですって。戦争の影響を受けてない国はどこもないのよ」 「りっちゃんは、今日は何処へ行ってたの?」 「お友だちと待ち合わせして、千代が働いている劇場で映画を観てきたの」 「まあ、そうだったの」 「そろそろ千代も帰ってくる頃よね」 丁度、玄関から「ただいま戻りました」と、千代の声がする。
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