1 夏樹

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 夏樹は被害届は出さず、示談で済ますつもりのようだ。  冬馬は正直、甘いと思った。今後一切、こちらには近づかないと誓わせられ、職を失い、親よりも呆けたようになってしまった女性を気の毒だと思ったのかもしれないが、衝動的とはいえ紛れもない傷害事件を、なかったことにして大丈夫なのだろうか。  恨みに思って復讐に来たりは、しないのだろうか――。 「それなら、そのときに考えればいいさ」  納得はしていなかったが、刺された本人がそう言うのだから、仕方がない。  ベッドに備え付けられた簡易テーブルに剥き終わったリンゴの皿を乗せ、自分もひとつつまんで口中に放った。  しゃりっとした歯ごたえ。甘くてほどよく酸味があって、うまい。 「毎日悪いな。無理しなくていいぞ」 「別に、冬休みだし。ゲームやるから」  看護師が病室を出ていってからも、軽口を言い合いながら面会時間いっぱいまで一緒に過ごす。ここ最近のルーティーンだ。  冬馬はウェットティッシュで手を拭いてから自前のゲーム機を取り出すと、ついに夏樹の金で買った新品のソフトを起動した。  ゲームに集中したいのに、夏樹がにやにやしながら、からかってくる。 「家に帰っても寂しいんだな。ほんと、ごめんな。なんだかんだ言っても、父さんのこと大事なんだろ」
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