退所十五分前

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退所十五分前

 セミの鳴き声もピークに達したかのような真夏日、外回りを終えて帰所した私は、いつものように今日の作業内容を書類にまとめ、まさみさんにそれを提出したのが十六時四十五分。近代化が進んでいる世の中にあって、最後のまとめの書類だけは何故か未だに手書きである。  パソコンで入力させてくれた方が楽なのだが、あいにく臨職の私のデスクにはそんなものはない。まあそれ以前に未だに旧態依然のままな部分も結構あるのは致し方ないといったところでもある。  十七時退社の私は、そんな空いた時間には様々な資料に目を通して退社まで時間を潰すのが日課となっていた。因みに今目を通しているのは『タヌキとアライグマの違いについて』だ。生活環境課としては外来種のアライグマは捕獲対象であるがタヌキは在来種なので、間違って捕獲しないよう注意が必要なのだ。でも私は外来動物の捕獲は担当外なので、実は不要な情報ではある。つまり、ただの興味本位で見ているだけのことだった。  面白くなってきてその資料を夢中になって読んでいたら、誰かが机をバンと叩く音がして、私はその手を止めた。他の職員さん達も仕事の手を止めて一斉に音の方へと顔を向けた。 「おい!」  声の主は課長である高梨さんだ。机を叩いたのも高梨さんだった。  一瞬、私が関係ない資料を読んでいることを怒ってしまったのかと思い、慌てて資料を閉じたが、後になって冷静に考えたら、帰所までの空いた時間に私が何をしていようが怒られる事なんて今まで一度もなかった。そう、たとえスマホをいじっていようともだ。まあそれはそれでよろしくない事ではあるけれど。
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