13人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
「あれ? 園田さん……じゃないですか?」
名を呼ばれ振り返ると、そこには伊勢谷が立っていた。
「あっ、伊勢谷さん!」
「やっぱり園田さんでしたか」
「伊勢谷さん、今日はお休みの日、でしたよね?」
親近感が湧いたのは、伊勢谷がジーンズにTシャツという姿だったからだろう。制服以外の姿を目にしたのは初めてだった。
「そうなんです。友人との待ち合わせ時間までまだ少しあるので、ぶらぶらしてたところです。……あ、男ですよ」
「え? あ、別にそんなことまで……」
「園田さんは仕事帰りですか? 何かいつもと雰囲気違いますね」
「ああ、はい」
店に行く時がいつもと違うだけで、カジュアルなパンツスタイルが琉那の通常スタイルだった。
「何か、新鮮な感じです」
それを褒められていると理解した琉那の胸は高鳴った。が――
「もう、限界なんです……」
気付けば、心の声を漏らしていた。
「え?」
伊勢谷は訳が分からないというように首を傾げている。
「懐具合と、空腹の」
「何だ、腹減ってんすか?」
くだけた口調でそう言って、伊勢谷が笑う。
「そうじゃなくて……」
実際には、そうかもしれない。
空腹のせいなのか感情の抑制が効かず、不意に涙まで溢れた。
自分のおかしな言動に、琉那自身が驚いていた。
「えっ、ど、どうしたんすか? 俺、何か気に障ること言いましたか?」
伊勢谷が心配そうに琉那の顔を覗き込む。
「違うんです……。お恥ずかしい話ですが、私みたいな一般庶民のお給料では『cache cache』のような高級店に通い続けることなんて到底無理で、実は懐具合がかなり厳しくて……」
琉那は涙を拭い笑顔を取り繕った。
「ああ……シェフの料理に惚れましたか?」
撫でるように優しくて穏やかな口調で伊勢谷が尋ねるが、琉那は返答に困っていた。
ここで本音を漏らすと、彼をさらに困惑させてしまうだろうか。
『気持ちを伝える』と、たった今決意を固めたばかりだが、このタイミングではないような気がした。
最初のコメントを投稿しよう!