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とあるスラム街にて。俺は娼婦の子供として生まれ落ちた。
父親は誰か分からないらしい。そして、実際に腹を痛めて産んだはずだというのに、俺は母親にもろくに可愛がられた記憶がなかった。物心ついた時には、“自分の食い扶持は自分で稼ぎな、あたしの金はやらないよ”というのが母親のスタンスであったからだ。
下層階級に生まれた人間に、選べる道など限られている。
母親の場合もきっとそうで、娼婦になる以外に生きていく道がなかったということなのだろう。元々の気質か、あるいは心を守るためか。俺が生まれた時には彼女はとうにセックス中毒で、お金のためというより快楽のために二束三文で体を売るような女性だった。俺がカビの生えたパンをちみちみと食べている横で、彼女が地面にゴザを敷いて客とまぐわっていることなんて珍しくもなんともなかったのである。
避妊なんてするはずもないから、彼女はぽんぽんと妊娠してそのたびに出産と流産を繰り返した。窶れ、青ざめ、それでも毎日ぎょろついた眼で客を探す日々。他の兄弟たちより少しだけ賢く、少しだけ運動神経が良かった俺は泥棒で日々を食いつないでいたが、無論それで毎日お腹いっぱい食べられるはずもない。
体を売って食いつなぐのは、何も女に限った話ではないのだ。特に幼い子供ならば、男の子にも十分すぎるほど需要がある。
不幸にも俺はそれなりに綺麗な顔をしていたらしく。ある時、母親が俺にも客を取らせて稼ごうと考えていることを知り、俺は決意したのだった。
――俺は絶対、ここから逃れてやる。この、ろくに太陽の光も当たらない……薄暗い路地裏から。
自分はけして、母親のように堕落したりしない。
そして兄弟たちのように惨めに飢えて死んでいくつもりもない。
食い扶持を争う母親も兄弟たちも、俺にとってはライバルでしかなく。愛情なんて1ミリも感じていなかった。はっきり言って、そんな余裕などなかったという方が正しい。
ある日俺は、全てを捨てて一人路地裏から飛び出したのだった。どれほど厳しくても、怖くても、辛くても――身売りをして生きるよりはましな世界が、どこかにあるはずだと信じて。
――そして辿りついたのが、この国の軍隊だった。
俺の人生のおける、最も賢い選択の一つが――路地裏にいた時から、捨てられた雑誌などを読んで文字を覚える努力をしたことだろう。母親も兄弟たちも、同じスラムに住む子供達も殆どがみんな文字を読むことができなかった。下層階級の識字率の低さは、そのまま就職のしにくさに直結している。文字も読めない人間が出来る仕事などたかが知れているからだ。
もし文字を読む能力がなければ、俺は軍隊の募集要項を知ることなどできなかったことだろう。
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