思い出の廟

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「好みの子が見付かるといいね」 ──ここは『人形の館』。いわく、店の中には無数の人形が並べられ気難しい店主が一人で切り盛りをしているという。買い取ったものを粗末にした者には例外無く厄災が降りかかるとか、なんとか。 眉唾ものの噂を聞いたときには私も眉間に皺が寄ったが、元より人形の類は好きでコレクションをしているので興味が有り今日は出掛けついでに立ち寄ることにした。 「いらっしゃいませ」 「どうも、……、」 建物の外観と同じく年季を感じる室内には、噂通り棚や机に所狭しと人形が並べられている。私は文字通り陶器のような肌をした幼子たちからの絶え間無く注がれる視線に耐えかねたので、先へ進む店主の背に向かって話し掛けた。 「……あの、店主さんは、このお仕事はいつからなさっているんですか?これだけの子達を集めるのはかなり大変だったでしょう」 「そうでもないよ。出先で一度目に留まれば、どれだけの苦労を要しても必ず連れて帰る。その結果財布が寂しくなるのも含めて可愛いものさ」 「懐事情も含めて……」 初老の店主は人好きのする笑みを浮かべてゆっくりと頷く。前評判では強面かつ気難しいとの事だったが、成程、人の噂ほど信用出来ないものは無いと思わされた瞬間だ──歳のほどは分からないので失礼に当たる可能性も有るが、彼に関しては朗らかなおじいさんと表現するのが的確だろう。 「自分を必要としてくれる子は必ずこちらを『呼んで』くれる。君も焦らずにのんびり探してごらん」 ──『呼んで』。店主の言葉は耳馴染みが無く、私は思わず口の中で復唱した。来店した当初は光景に圧倒されたものの、よくよく見ればどの人形も少しずつ顔立ちが異なり味がある。澄ました顔や眠そうな顔、中には紅を引かれた唇でそっと微笑む少女の人形も見受けられる。私はゆっくりと店内を見渡したのちに、手を伸ばす宛もなく棚を眺めていた。 ……その時。 『──』 鈴を転がしたような、幼い少年の声がした。 「──……!」 強い意志を持った視線を感じてそちらを振り返ると、そこには西洋の少年をモチーフにしたと思しき人形が佇んでいた。背の丈はさほど高くなく、緩く巻かれた金色の髪や髪と同色の長い睫毛がとても愛らしい。紫の硝子玉が埋め込まれた眼は店内の淡い明かりに透けて無邪気に煌めいている。まるで夜のあわいに現れる天使のような顔貌をしていた。 ……よし、この子にしよう。 私は手を伸ばしてその人形を手に取ると、店の奥に向かっていく店主の背中を追い掛けて呼び止めた。 「あの……っ、すみません」 「なぁに、気にしないでいいよ。……と、その子にするのかい?」 店主は私の手元の人形を見て穏やかに微笑む。 「はい。呼ば──……、……一目惚れをしたので」 私は呼ばれた、と言うには些か気恥ずかしかったので言葉をオブラートに包んだ。だがその言葉もまた事実には変わりない。この子の声を聞いた時、そして整った顔立ちを見た時に、絶対に我が家に迎え入れようと決心したのだ。……照れくささから徐々に俯く私を見つめる店主の視線は温かくて優しい。 「そうかそうか、気の合う子と巡り会えたみたいで私も嬉しいよ。お店に来てくれる人の中には悩みに悩んだ末に決める事が出来ずに帰ってしまう人も居るからね」 店主は感慨深そうに目を閉じて頷いている。 「あの、お代は──」 私がバッグの中から財布を取り出そうとすると、店主は首を左右に振ってそれを制した。 「要らないよ」 「でも、」 「お客さんがこの子達を『真に気に入った』のなら、私がお代を頂戴することは無いんだ」 店主は私の手から人形を受け取ると、カウンターで壊れ物を扱うように丁寧に梱包していく。人生に於いて長くの時を経たことを感じさせる指が白磁の肌の人形を労るように包む様子は、祖父が孫を不器用に撫でる手付きにも似ていた。 「っありがとう、ございます……!」 そして私は、人形が入った箱を手に家路に着く。 ……その足取りはいつもよりも軽やかだった。 ── 客人の去った店の中で、店主は誰にともなく呟く。 「──……どうかあの子も『今度こそ』幸せにして貰えますように。願わくば、二度とここに帰ってくることがありませんように」 「大切な人の腕の中で、長く愛して貰えますように」 手元には、繕いかけの布がある。 「『君たち』にも、優しい人の手が差し伸べられますように」 それにひと針、ひと針、縫い目を刻む。 「私の命が潰えるまでは、何度でも迎えてあげるから」 店主は祈る。 「だから、どうか、どうか── 少しでも長く、幸せを感じられますように。 生まれてきた事の喜びを感じられますように」 ──その様子を、誰も見る者は居ない。
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