侍従の弟一家は、公爵家を訪問する

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侍従の弟一家は、公爵家を訪問する

 レギウス・デヴァルー伯爵には弟が一人いる。名前はベンジャミン。王宮勤めのレギウスの代わりに家令となって、デヴァルー家の資産や領地を管理している。領地にいるベンジャミンは、レギウスに呼ばれて王都にある屋敷に着いた。レギウスと妻、二人の子息は、ベンジャミンと妻オーロラと息女オリヴィアを迎え入れた。 「ベンジャミン、久しぶりだな。急に来てもらってすまない」 「兄さん、『家族も連れて来い』なんてさ、何かあったの?」  レギウスは、弟一家を書斎に通した。そして、信じられないことをレギウスが口にした。 「国王陛下にかわいい姪のことを話したのだよ。そうしたらな、セグレイヴ公爵家の次男リアム様の婚約者候補に加えてくださったのだよ」 「セグレイヴ公爵家って、この国一プライドが高い貴族だろう? 俺、爵位無しだぜ。会いに行っても門前払いだ」  何の冗談だよと、ベンジャミン家族は苦笑した。 「そこだ。国王陛下がベンジャミンに男爵位を叙爵なされた」 「嘘だろう?」と、ベンジャミン、オーロラ、オリヴィアは目を見開いた。 「これは本当だ。この依頼を受けて成功したら、領地を与えてくださるそうだ。引き受けて欲しい」  「その依頼は、俺に出来そうなことなのか? 兄さん」 「ベンジャミンだけじゃない。オーロラやオリヴィアがいなければ出来ないことだ。特にオリヴィアはこの依頼になくてはならない。重要だ」  ベンジャミン家族は顔を見合わせた。 「兄さん、その依頼内容を詳しく聞きたい」 「それは引き受けてくれたということでいいか?」  ベンジャミンは、姓を改めてグレイ男爵となった。  グレイ男爵一家を乗せた馬車は、セグレイヴ公爵家の正面玄関に着いた。するとそこで待っていたセグレイヴ公爵家の男性使用人が御者に何か言い、馬車は一度門を出て、御用聞き商人や使用人が出入りする玄関の前で停車した。 「旦那様、セグレイヴ公爵邸に着きました。ここの使用人が先程、『セグレイヴ公爵邸へは裏門から入れ。それが嫌なら帰れ』と言うものですから」  御者は申し訳なさそうに、馬車の中にいるベンジャミンに声を掛けた。ベンジャミンが、御者にお礼を言うと、御者は馬車のドアを開けた。ベンジャミンが先に馬車から下りて、オーロラの手を取り降ろし、その後オリヴィアの手を取り降ろした。  三人は、若いメイドに案内されて応接室に入った。応接室は案の定、狭く、飾りや家具など何もなく、窓の片側に寄せられたカーテンの生地も薄く、テーブルを挟んで、薄くて固そうで座り心地が悪そうな長椅子が並べられていた。 「用事が終わり次第、執事がこちらへ参ります。それまでお掛けになられてお待ちください」  貴族が通されることがない御用商人の応接室に、グレイ男爵家族は引き攣り笑った。 「ベンジャミン、オリヴィア、この待遇、私達を馬鹿にしていますわね」 「本当だね。私は一応男爵なのだがね?」 「成り上がりの歴史もないグレイ家は、貴族ではないということかしら?」 「お父様、お母様、これは私達をお待たせする気満々ではないかしら?」 「お茶だって出ないわよ。きっとね」  オーロラとオリヴィアは、ベンジャミンの薄笑いを浮かべた顔を見た。 「そのようだね」  三十分後、ドアをノックしたのは先程の男性使用人であった。 「執事は用事が終わらず、私が参りました。只今から公爵様ご家族がいらっしゃる所へご案内します」  男性使用人に連れていかれた所は、正面玄関の右横にあるホールであった。このホールは、広くて天井が高く白を基調とした壁に金色のシャンデリアが下がっていて、壁に取り付けられた燭台フックも金色で統一されていた。ボールルームを兼ねているのだろう。  そのホールに、セグレイヴ公爵と夫人、ライリーとリアムが立っていた。 「ルーベン・セグレイヴ公爵様、ナタリー夫人、ご子息方、私はベンジャミン・グレイと申します。こちらは私の妻のオーロラ、そちらは娘のオリヴィアです」  オーロラとオリヴィアはカーテシーをしたが、セグレイヴ公爵家の方々は侮蔑の表情を顔面に出してしばらく無言のままだった。 (こいつが、レギウス・デヴァルー伯爵の弟か)  バターブロンドの癖毛を短く切って、瞳は青色で、デヴァルー兄弟はよく似ている。  兄のレギウスは口元にいつも静かな微笑みを浮かべているが、他人様の言葉や仕草で、腹を探ることを得意とする人物だと聞く。そして、宰相や大臣よりも国王陛下の信頼を勝ち取り、身近にいることが最も多い。  だが、私には国王陛下のご機嫌取りしか出来ないように思える。このベンジャミンを見れば一目瞭然だろう。私に無視されて動揺しているのだろう、視線が泳いでいる。  ベンジャミンは、セグレイヴ公爵一家を公爵から順にその姿を見た。 (セグレイヴ公爵家の方々は挨拶も出来ないのか? 躾がなっていないな) 「ふん、何も手柄が無いのに爵位を賜るとは、よい兄上をお持ちなようだ」 「兄上には感謝をしております」 「デヴァルー伯爵は、国王陛下の太鼓持ちだからな」 (おい。そんなことが出来ただけで、長年、侍従を勤められる訳がないだろう)  オーロラは緑色の瞳で、嫌味を言いたそうにしているナタリー公爵夫人を見ていた。 「随分と珍しい髪の色ね。染めているの?」  ナタリー公爵夫人は、オーロラとオリヴィアのピンクブロンドの髪を見て言った。 「公爵夫人、この髪は地毛ですわ」 (この公爵夫人、扇子で口元を隠して、目は見下していて感じ悪いですわ)  オーロラは作り笑いをした。 「ふわふわの髪は、貴女方の中身までそんな風に見せてくださいますのね」 ((どういう意味よ))  オーロラとオリヴィアはムカついた。  リアムは目の前にいるオリヴィアを見て、不満そうな溜息をついた。 (この子、俺の一歳年下で十四歳か…… 体型が小柄だな。顔も好みではない) 「ピンク色の髪に青い瞳、どこかの森で生息しているような、小動物を思わせる顔と身長だね」 「なんですって? 小動物すって! どういう意味ですの?」 「そのまんまだ。今まであったどのご令嬢よりもちんけな奴が来たと言っている」  リアムは肩を落とした。 「私、可愛いっていつも言われていますけど」 「ああ、ご両親にだけだろう?」 「なんて失礼なの!」 「声が甲高くてうるさい女だ」  ライリーは、ふふんと嘲笑った。 (こんな普通レベルの少女が国王陛下のご推薦? 笑ってしまう。俺様のルイーズ殿下は容姿も才能も抜群で最高だ。俺様がどれだけ幸せ者か、今噛みしめているぜ) 「父上、国王陛下はなぜこんなちんけな女を、私の婚約者候補に推したのですか?」 「リアム、事前に話したではないか」  アルフレッド国王陛下の命令であると、セグレイヴ公爵から聞いているもののリアムは納得出来ないでいた。 「あの伯爵家の所為かも知れないな」  ライリーはぼそっと言った。セグレイヴ公爵は、ある伯爵家の美しい令嬢にリアムとの婚約を申し込んだが、体よく断られていた。 「だからと言ってこんな女……」 「リアムそこまでだ。グレイ男爵、挨拶も済んだことだし、ご令嬢の魔力を量ってもよろしいか?」 「はぁ? 魔力を量る?」 「うちの家系は皆魔力量が多いものでな。それに、ライリーは王配となる。王族に連なる一族の婚約者候補に魔力量が少ない者が名乗りをあげたとなっては、世間の嘲笑を買うからな」  セグレイヴ公爵はパンパンと手を二度叩いた。すると司祭服を着た男性と執事が入って来て、向かい合う両家の間を通り上座位置に立った。執事は持って来たテーブルを司祭の前に置きホールから去った。司祭はテーブルの上に紫色の花型のマットに乗っている水晶玉を置いた。水晶玉には魔力量に反応して光るよう神聖なる力が宿っている。 「バレル、量ってくれ」 「兄上、かしこまりました。そこの君、この水晶に軽く触れなさい」  顎でオリヴィアを指した。  グレイ男爵家族は、司祭の命令口調に苛立った。 「私、これでもご令嬢ですわ。司祭様ならば、礼儀を持ってお呼びするのではなくて?」  司祭とセグレイヴ公爵一家は、白けた視線をオリヴィアに向け無言であった。  「ぐずぐずするな。さっさと水晶玉に手を触れろよ」  リアムが冷たく言った。  オリヴィアは不機嫌な表情で司祭の前まで行くと、水晶玉に手を置いた。 (腹が立ちますわ。水晶玉にある聖なる力も、司祭やセグレイヴ公爵一家、この屋敷にいる使用人達の魔力を吸い取らないと気が済みませんわ)  水晶玉はなんの変化も起きなかった。バレル司祭とセグレイヴ公爵一家は笑い出した。 「お前、全く魔法が使えないのかよ。どうやって生きているんだよ。空っぽ令嬢」  リアムの笑い方は大げさであった。  その後、ナタリー公爵夫人が気を失い倒れた。それを受け止めたセグレイヴ公爵は力が入らず、ナタリー公爵夫人を落としてしまい、両膝を強く床に付いた後気を失った。バレル司祭はすでに気を失い倒れていた。ライリーとリアムは、立っていられずに床に四つん這いになった。 「誰か! 来てくれ!」  ライリーが大声で叫んだが、執事も使用人も来る者がいなかった。皆、倒れていたからである。 (まだ、魔力を持っていやがるんですの? 吸ってやりますわ)  オリヴィアは、水晶玉に手を置いたまま、魔力を吸い尽くしてやった。ライリーとリアムは気を失った。セグレイヴ公爵は静まり返った。オリヴィアは水晶玉から手を離した。 「帰ろうか」  グレイ男爵一家は表玄関から立ち去った。
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