金曜日の推し活

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 会社員・如月(きさらぎ)まどかには推しがいる。  といっても、今流行りのアイドルでもなければ、若い子に人気のK-POPグループでもない。都内に住む大学三年生の男子学生だ。  まどかの推しは、月に数度金曜日の夜に現れる。彼女に料理を振る舞うために。  食べたい人と料理を作りたい人を繋げるマッチングアプリ― cooking meet。  元々は、料理を作りすぎてしまう人が、食べたい人にお裾分けするため。言ってしまえばフードロス削減が目的。  だが近年の食卓事情から、主に一人暮らしで自炊をする時間のない人や、子育てに追われ少しでも調理時間を短縮したい人に支持されている。  推しが現れる前日の木曜日。会社の昼休み、まどかが社食にてお昼ごはんを食べている最中、スマホにマッチングアプリを通してメッセージが届いた。  アプリ以外で連絡を取ることは、禁止行為とされている。  世間は六月下旬。当に雨の季節に入り、外には色鮮やかな傘の花が咲く。社食には、スーツやいわゆるオフェスカジュアルな服装に身を包んた、大勢の社員の姿があり喧騒に包まれている。 『明日の晩御飯なにがいいですか』  メッセージを送って来たのは、日高(ひだか) (れん)。都内に住む大学生だ。  彼がまどかの“推し”である。  箸を置き、スマホを操作し文面を読みにんまりと口元を緩める。  木曜日の正午過ぎ。決まって、まどかの元に蓮からこうしてメッセージが届く。内容は翌日の晩御飯のメニューの相談だ。  メッセージのやり取りで、翌日のメニューを決めるのが、いつしかふたりの定番になっている。とは言え、まどかの要望を聞きそれを叶えていると言った方が正しい。  ことの始まりは、まどかと蓮のマッチングが成立したこと。  まどかも決して料理が嫌なわけではない。だが、一人暮らしということもあり、平日自炊する時間が取れず、かと言って毎日出来合いの物で食事済ませることは、健康にも良くないことは承知している。 せめて月に数度、誰かが料理をしてくれたら―。  まどかは藁にも縋る思い、と言えば大袈裟だか微かな希望を抱いて、cooking meet のアプリをダウンロードし利用登録したのが、今から一年ほど前。  アプリに登録すると、最初に食べ物の好き嫌いやアレルギーの有無、住所などの個人情報を打ち込む。  更に、検索画面で和洋中などの料理のジャンル、料理を発送するのかまたは自宅の調理を依頼するのかを選択し、気に入った料理人に反応を送り、マッチングの成立後はメッセージ画面でメニューや日時をやり取りする流れになっている。  まどかは一旦アプリを閉じ、天気予報のアプリを開く。  この数日雨が降り続き、肌寒いほどの気候である。天気予報によれば、明日もまだこの雨は続くらしい。 温かいものがいい―。  そう思案し、再びマッチングアプリを開き文字を打ち込む。 『明日も肌寒いようなので、暖かいものだと嬉しいです。 あと、出来たら和食で』 まどかはメッセージ送信した。  大学の授業が終わった午後四時。 大学内の学生控え室にて友人たちの今日これからの予定を小耳に挟みながら、蓮はスマホの画面を見つめていた。  控え室は教室二部屋分程の大きさの空間に、木製の四角いカフェテーブルが二十脚程さらに同じく木製の椅子が一脚の机に対して、四脚備え付けられている。  この日最後の授業ということもあり帰宅する学生もいるが、パソコンを開いて残って課題を片付ける学生の姿や、購買で購入したスナック菓子片手に友人らとお喋りを楽しむ女子学生らの姿もあり、控え室内は喧騒に包まれている。 和食か―。  画面にはまどかからの、暖かい和食を希望するメッセージが表示されている。 何を作ろう―。  メッセージを凝視したまま、微動だにせずにいた蓮の肩を一人の友人が軽く叩く。突然のことに、蓮は肩をびくつかせる。 「蓮! どした? 難しい顔して」  友人の口振りから、何度も名を呼ばれていたらしい。 「いや。なんでもない」蓮はスマホの画面を消灯させ、机の上に画面を下にして置く。 「それで?」蓮が水を向ける。 「これから、カラオケ行くけど一緒にどう?」  友人からの誘いに、一瞬逡巡した素振りを見せるが直ぐに頷く。 「あー……。一時間半ぐらいなら。なんとか」  蓮は自分に言い聞かせるように言い頷く。  なるべく早めに引き上げ、明日のメニューを決めスーパーで食材を吟味したいというのが本音だが、同等にこうした友人との付き合いも重要である。  特に、クラスというものが無いに等しい大学では尚のこと。大学生生活をそつなくこなしたいのならば、友人と程よく付き合っていくのも重要だというのは、蓮がこれまでの学生生活を送って来た上での自論である。例えそれが、気が乗らない誘いだとしても。  蓮の言葉を聞いて、友人らはそそくさと帰り支度を始める。蓮はその様子を横目で見つつ、なんの気なしに控え室をぐるりと見渡す。  蓮が通っている大学は、元女子校で二十一世紀が始まると同時に共学化したこともあり、今でも学生の男女比は女性の方が多い。だが付属の高校は未だ女子高で、希望すれば内部推薦も可能だと、入学式前のオリエンテーションで小耳に挟んだことがある。  元々、女子校だからなのか自分が料理を趣味にしているからか、蓮は大学や友人になんとなく疎外感を感じている。  未だに大学というものに染まり切れていない。まるで、少しは大学生らしく見えるように、と入学早々に淡いクリーム色にメッシュを入れた髪のように。    蓮はスマホを手に取り、画面を点灯させる。先程のまどかのメッセージに『了解しました』と返信を打ち込む。 「蓮!」友人の声にはっと顔を上げる。  既に友人らは、席を立ち出入口へと足を向けていた。 「悪い」蓮はスマホをズボンのポケットに入れ、リュックを持ち立ち上がる。そのまま、出入り口まで足を進める。  帰宅したまどかの元に、蓮からメッセージが届いたのは午後九時を過ぎた頃である。 『夜分遅くにすみません。  明日、ご飯を炊いていただけると助かります。また、網をお借りしたいのですが可能でしょうか』  蓮からの文面を読み、まどかは小首を傾げる。  蓮の文面はいつ見ても慇懃だ。彼の誠実な人柄を表しているかのように。  
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