七、恋闇

2/2
34人が本棚に入れています
本棚に追加
/37ページ
「ああそうかよ。俺が死ぬと思って、同情して言ってるんだろ。知ってるか? そういうの、偽善ていうんだぜ。嘘つき。お前いい奴だけど、でも、大嫌いだ!」  「寂しいのか」  その問いにはすぐには答えが返らなかった。 「……寂しいさ。ああ寂しいよ、そう言ったら満足かよ! たった一度でいい、俺だって、ちゃんと誰かに愛されてみたかった」 「ごめん、酷いこと聞いて。俺ももう、ずっと寂しかったよ。大好きだった家族がみんな死んで、この先誰かを愛することなんて、できないと思ってた」  蒼白になっていく淡月の頬に掌を触れた。 「だけどそれができたのに、なのにまた失うなんて嫌だから……だから」  朔二郎は少し開いたその唇を、ためらわずに柔く吸った。唇の端に垂れた毒の(わだち)まで丁寧に舌で拭って腹に納めた。  互いの寂しさに引き寄せられた、傷を舐め合うための恋だったのだろうか。  それでもいい。幸福のうちに逝けるのなら、名の意味なんていらない。 「なんで……」 「愛してる」 「バカなのかお前? 言ったよな、毒だって。なぁ、おまえ死ぬんだぞ。分かってんのかよ⁉︎ なんで? 俺はおまえを利用しようとしたのに、なんでそんな奴のために、こんな……!」 「利用したかったなんて嘘だ。だったらなんで泣くんだよ。俺のことなんか、どうでも良かったはずだろう? なのにどうしておまえ、そんなに泣いてるんだよ」 「そん、──」  うろたえる顔を優しく撫でると、かき分けた前髪の間から、垂れた眉毛がひょいと現れた。その思いがけないあどけなさに、朔二郎はふっと笑った。 「情が深過ぎたんだよ、おまえは。だからわざと人を遠ざけて自分を守ってきたんだ。また失って傷つくのが、怖かったから」  涙を拭ってやると、幼くなった淡月の顔がぐしゃぐしゃになった。 「淡月」 「……だからその名はもう……」 「地獄なんて名前、おまえには似合わない。(あわ)色の月みたいな目をしたおまえの、心が好きだよ。淡月」 「……だけど、俺は」 「なぁ」 「……なに」 「抱いてもいいか」 「は、ハ、……遅すぎ」 「ごめん」 「けど、腹上死ならお前、楽に逝けそう」 「ふく……?」  その意味は分かるようでよく分からず、朔二郎は少し照れて横を向いた。 「その、ええと、あまり期待はしないで? 初めてだから」 「バカ、俺がお前を極楽に連れてってやるっつってんだよ。舐めるなよ? 吉原一の花魁の腕を」 「あは、そりゃ頼もしいな」 「でも全部は脱がすなよ? 見つかった時に無様だからな」 「わかった」  くすくすと笑い合ううち、自然に唇が重なった。  けれど組み敷いて触れあう淡月の身体は、やがて小刻みに震え始めた。それから幾筋もの涙が目尻を伝い落ちていく。 「淡月?」 「…………道連れ……つもり、なんか、なかっ……のに」 「淡月」 「でももう、遅い。……お前、……お前のぜんぶ、もうぜんぶ、俺のだからな……!」 「──」    赤い火花が、胸に散った。  くすぶり続けた無数の熾火(おきび)がゴウゴウと唸りを上げて燃え盛った。  気がついた時には両の腕が、華奢な体を折れそうなほど強く抱きしめていた。 「さく、」 「……大丈夫。独りになんかしない。血の雨が降る地獄に堕ちたって、必ず俺が後ろにいるから。俺は傘を差し掛けて歩くのが、得意なんだ……」  囁いて柔く髪を撫でると、胸の小鳥が声を上げて泣いた。
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!