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「ああそうかよ。俺が死ぬと思って、同情して言ってるんだろ。知ってるか? そういうの、偽善ていうんだぜ。嘘つき。お前いい奴だけど、でも、大嫌いだ!」
「寂しいのか」
その問いにはすぐには答えが返らなかった。
「……寂しいさ。ああ寂しいよ、そう言ったら満足かよ! たった一度でいい、俺だって、ちゃんと誰かに愛されてみたかった」
「ごめん、酷いこと聞いて。俺ももう、ずっと寂しかったよ。大好きだった家族がみんな死んで、この先誰かを愛することなんて、できないと思ってた」
蒼白になっていく淡月の頬に掌を触れた。
「だけどそれができたのに、なのにまた失うなんて嫌だから……だから」
朔二郎は少し開いたその唇を、ためらわずに柔く吸った。唇の端に垂れた毒の轍まで丁寧に舌で拭って腹に納めた。
互いの寂しさに引き寄せられた、傷を舐め合うための恋だったのだろうか。
それでもいい。幸福のうちに逝けるのなら、名の意味なんていらない。
「なんで……」
「愛してる」
「バカなのかお前? 言ったよな、毒だって。なぁ、おまえ死ぬんだぞ。分かってんのかよ⁉︎ なんで? 俺はおまえを利用しようとしたのに、なんでそんな奴のために、こんな……!」
「利用したかったなんて嘘だ。だったらなんで泣くんだよ。俺のことなんか、どうでも良かったはずだろう? なのにどうしておまえ、そんなに泣いてるんだよ」
「そん、──」
うろたえる顔を優しく撫でると、かき分けた前髪の間から、垂れた眉毛がひょいと現れた。その思いがけないあどけなさに、朔二郎はふっと笑った。
「情が深過ぎたんだよ、おまえは。だからわざと人を遠ざけて自分を守ってきたんだ。また失って傷つくのが、怖かったから」
涙を拭ってやると、幼くなった淡月の顔がぐしゃぐしゃになった。
「淡月」
「……だからその名はもう……」
「地獄なんて名前、おまえには似合わない。淡色の月みたいな目をしたおまえの、心が好きだよ。淡月」
「……だけど、俺は」
「なぁ」
「……なに」
「抱いてもいいか」
「は、ハ、……遅すぎ」
「ごめん」
「けど、腹上死ならお前、楽に逝けそう」
「ふく……?」
その意味は分かるようでよく分からず、朔二郎は少し照れて横を向いた。
「その、ええと、あまり期待はしないで? 初めてだから」
「バカ、俺がお前を極楽に連れてってやるっつってんだよ。舐めるなよ? 吉原一の花魁の腕を」
「あは、そりゃ頼もしいな」
「でも全部は脱がすなよ? 見つかった時に無様だからな」
「わかった」
くすくすと笑い合ううち、自然に唇が重なった。
けれど組み敷いて触れあう淡月の身体は、やがて小刻みに震え始めた。それから幾筋もの涙が目尻を伝い落ちていく。
「淡月?」
「…………道連れ……つもり、なんか、なかっ……のに」
「淡月」
「でももう、遅い。……お前、……お前のぜんぶ、もうぜんぶ、俺のだからな……!」
「──」
赤い火花が、胸に散った。
くすぶり続けた無数の熾火がゴウゴウと唸りを上げて燃え盛った。
気がついた時には両の腕が、華奢な体を折れそうなほど強く抱きしめていた。
「さく、」
「……大丈夫。独りになんかしない。血の雨が降る地獄に堕ちたって、必ず俺が後ろにいるから。俺は傘を差し掛けて歩くのが、得意なんだ……」
囁いて柔く髪を撫でると、胸の小鳥が声を上げて泣いた。
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