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激しい雨が降る半壊した街を、一人の女が歩いていた。 防水用のウインドブレーカーを着ているからか、傘はさしていない。 その手にはスマートフォン――スマホを片手に、周囲の崩れた建物の映像を撮っている。 「こんなもの撮っても、お金にならないんだよね……」 そう呟きながら、女はスマホをポケットにしまった。 彼女の名は盛岡(もりおか)(あおい)。 日本からこの海外の戦場へやってきた、フリーのジャーナリスト。 痛んだ伸ばしっぱなしの長い髪が目立つ、二十二歳の日本人女性。 その顔も雰囲気もふくめて、人からは認識されづらい地味なタイプだ。 葵が歩き出すと、突然、遠くから凄まじい轟音が鳴り響いた。 その後に、けたたましい銃撃音が続く。 すると葵は、さっきポケットにしまったスマホを手に取って、音の聞こえるほうへと走り出した。 その顔は、今にも泣きそうなほど目に涙をためているが、それでも彼女は、戦闘が始まったと思われる方角へと駆けていく。 「もうヤダ、こんなの! でも動画を撮らなきゃ帰れないし……。生きて帰るには、やるっきゃない!」 葵は大学卒業後、とある高級ホテルスタッフの正社員として働いていた。 だが、入社して半年後、“他人との会話のやり方がわからなくなった”と言い、悩んだ末に退職。 その前後で彼女の精神的な支えとなったのが、SNSで見た男性アイドルだった。 それから、スマートフォンの画面越しで見つめるだけでは飽き足らず、イベントにも参加するようになった。 一回のイベントに費やす金額は五万〜十万円ほどで月に二、三回、都内を中心に参加した。 正社員をやめた後、ビジネスホテルのパートや、コールセンターの夜勤のバイトなどをしながら費用を捻出したが足りず、手を出したのが消費者金融だった。 だが返済もすぐに滞るようになり、家族が立て替えるまでに陥った。 両親とはそれ以来、気まずさから疎遠となっている。 葵は、それでもイベントに参加しようと、短期間でまとまった金額を稼げる方法をスマホで調べていたところ、ツイッターで見つけたのが闇バイト。 ヤバくなったら逃げればいいと安易に考えていた彼女だったが、予想とは反して、とんでもない仕事を頼まれた。 「ちょうどよかった。今、別件であんたみたいな影の薄いタイプの人を探しててさ」 その闇バイトの人間は、ゴクウと名乗る男だった。 短いツーブロックの髪型にカラーレンズのサングラスを付けた中年男性で、背は高いが、かなりたるんだ体をしている。 てっきり葵は、テレビやネットで聞いていた受け子、かけ子などの特殊詐欺の仕事をやらされると思っていた。 しかし、何回かのSNS上でのやり取りをしてから直接会った後、なんと海外へ行ってほしいと言われた。 「ほら、ここ数年でずっとやってる戦争あんでしょ? 外国のあれよ。で、あんたには現地に飛んでもらって、そこの動画をとってきてほしいってわけ」 「な、なんで戦争なんて撮影するんですか? まさかテレビ局に売るとか?」 「ちがうちがう。仕事でほしい動画ってのは血塗れの死体とか、死にかけてるヤツとかそういう系の動画だよ。世界規模で需要あるから、なんか一発当たるとデカいんだよね」 それは、ダークウェブで売るための残虐で猟奇的な動画――グロ動画を撮るために、戦場へ行って撮影をしてきてほしいというものだった。 どうやらゴクウの話によると――。 葵がSNSで応募した後に、海外の戦場に行っていた前任者と連絡がつかなくなったらしい。 「たぶん、流れ弾に当たって死んだか、現地の兵士に捕まったか、殺されたかしたんじゃないかな。まあまあ、よくある話だね。あ、旅費とか滞在費はこっちで出すから安心して。とびきりエグいの頼むよ~」 ゴクウは、まるで笑い話でもするように言ったが、これから行く葵からすれば全く笑えなかった。 前任者がどうなったかはわからないが、それは明日の自分の姿なのだ。 彼女の立場からだと、とてもじゃないが冗談には聞こえない。 たぶんだが、葵が選ばれたのには、英語が話せることも関係していたのだろう。 だが、これから行く戦場で、英語が通じないことをゴクウはわかっていないようだった。 おそらくは白人が住む国というだけで、英語が話せれば問題ないと思ったのだ。 葵は、仕事を断ろうとした。 そもそも彼女が金が欲しい理由は、推し活をするためだ。 それが海外へ行ってイベントに参加できなくなったら本末転倒――稼ぐ意味がなくなる。 勇気を振り絞り、葵が断ろうと口を開いた次の瞬間――。 「あー盛岡葵ちゃん。もう断れないからね。こっちはさっきイイ人見つかったって、上に連絡入れちゃったから。明日には行ってもらうよ」 「えッ!?」 ゴクウは、葵のフルネームを口にした。 これまで口にしてもないし、当然、教えてもないのに。 葵は、教えていない本名で呼ばれたことで理解した。 すでに実家も、職業も、友人関係もすべて調べられているのだと。 「でも、やったね。まさかの戦場カメラマンデビューになってさ。普通だったら使い捨ての役回りにされるんだけど。葵ちゃんってマジでついてるよ」 こうして葵は、海外の戦場へ行くことになったのだった。
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