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二章 思い出して
彼女は急な私の提案に驚いていながら否定するような素振りは一切見せなかった。
「よくわからないから……とりあえず話を聞かせてよ」
言葉に詰まりながらも彼女の真摯な目に救われながら提案に至った経緯、詳細を伝える。話を遮ることも問い詰めることもなく相槌を打ち彼女は私の目を見る。
「話してくれてありがとう……珠莉の気持ちはよくわかったよ。誰よりもアイドルを真剣に夢みてることもわかった、でも」
「……でも?」
『私はアイドルなんて興味ない』
「えっ……?」
「だからアイドルなんて……」
「そんなの嘘でしょ?」
震える彼女を前に鞄からあるものを取り出す。
「これ……覚えてない?」
「珠莉……それって」
数年前私の家でライブ映像を一緒に見た際に置き忘れていったペンライトを見て言葉も出ずに固まる彼女の姿こそきっと本心だ。そんな過去の記憶に縋っていたい自分がいた。
「ねぇ灯」
「……何?」
「強要はしない……ただ嘘をつくことを今だけはしないでほしい」
「嘘……」
「私の夢のきっかけをくれたのは灯なんだから」
「私……?」
「灯がキラキラした目で話してくれたから……その時の灯がすごく輝いてたから誰かを輝かせることのできる『アイドル』に夢を抱いたの」
置かれたペンライトを手に取る。
「もう電源すらつかなくなっちゃったね」
潤む瞳を誤魔化すように笑う彼女を美しいと感じてしまう自分がいた。
「珠莉。私嘘ついてごめん」
「灯……」
「でもすぐに答えは出せない。だから私に時間をくれないかな」
立ち上がり戸棚から何かを取り私に差し出す。
「このライブ。一緒に見に行かない?」
「これって……」
手渡されたのは共に追いかけ続けた『Night angel』のアニバーサリーライブのチケットだった。
「そこに一緒に行ってそこから答えを伝えさせてほしい」
「わかった本当にありがとう。灯」
ー*ー*ー*ー*ー
数週間後ライブ会場へ向かう電車にふたりで乗り込む。缶バッジやグッズを身に付け、液晶越しに座席を確認する声が聞こえる空間が懐かしい。
「初めてだと緊張するなぁ」
「わかるかも!でもその雰囲気も楽しいよね」
ライブ参戦に慣れた様子の灯に感じたことのない頼もしさを感じる。
「次の駅だから運賃準備しておいてね」
到着のアナウンスと共に数えきれないほどの乗客が降車した。行き着く先は『ステラドーム』と呼ばれる国内最大級規模のライブ会場。『Night angel』は今回アイドル史上初めてそのステージに立つ。
「ステラドームってだけあってやっぱり大きいね」
「そうだね……私も初めてだなぁ」
早めに到着した甲斐もありスムーズに指定座席へ入場できた。
「……そろそろかな」
「そうだね……あっこの声メンバーのアナウンスじゃない?」
アナウンスから数分後。会場を包み込む爆音と全方位から照らされる蛍光色の光、特殊演出の炎の熱気と爆風でライブは開幕を告げた。
数年ぶりに見る彼女たちの姿は見たこともないほど輝いていて、全員が主人公のような存在感を放っていた。曲想によって変わる表情と彼女たちの歌声、鳴らされる足音まで美しかった。輝いているのはそれだけじゃない。『届け』とペンライトを掲げるファンの目もまた彼女たちに劣らない程の輝きに満ちていた。
「ねぇ灯……」
隣に視線を移した瞬間、言葉を呑んだ。そこにはペンライトを振る手を無意識に止めてしまうほど目から雫を溢す彼女の姿があった。
「ねぇ珠莉」
「どうしたの?」
「やっぱり『アイドル』ってすごいね」
その一言に彼女の全てが込められていたような気がする。
普段は新曲で締めくくるライブが今日はデビュー曲で終わりを告げた。メンバー全員が手を繋ぎ深々と礼をしながら暗転していく。
「あのね珠莉」
「ん……?」
「本当は私もあのステージにいたはずなんだよね」
「それって……」
一年前『Night angel』新規メンバーオーディションが開催された。もしかしたら彼女はその場にいたひとりなのかもしれない。
「去年のオーディション……?」
「やっぱり珠莉も知ってたんだ」
「まぁ私には夢のまた夢だけど宣伝広告をチェックしてたくらいには見てたかな」
「私その最終選考の通ったんだ」
「えっ……?」
最終選考に通ったということは本当にメンバーとして加入する状態のはず。
「辞退したの」
息を呑んで語る彼女の身体は見てわかるほど強張っていた。
「どうしてか聞いてもいい……?」
「勇気がなかったから」
「……勇気?」
「私なんかに『アイドル』になれる力はないって思ったの」
暗転したステージを見つめながら呟く彼女の横顔に返す言葉を見つけられずにいると勢いよく手を取られた。
「でも今回は違う」
「それは……」
「答えが出せたよ、珠莉」
「聴かせてほしいな……」
「一緒に『アイドル』になりたい」
彼女の目は強い意志と決意を宿していた。
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