一章 いつかの希望

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一章 いつかの希望

 『灯。私と一緒にアイドルになろうよ』  数年ぶりに顔を合わせた幼馴染へ唐突に現実味の薄い話をしている。 「アイドルって……急にどうしたの?」 ー*ー*ー*ー*ー  高校二年の夏を迎えようとしている私は憂鬱さを抱えたまま教室を出た。 「希望進路に『アイドル』だなんてふざけたことを……もう少し考えてから話をしなさい」 「……ふざけてなんかないです!ずっと夢だったものを追いかけることが進路じゃないんですか」 「夢の話は妄想で済ませてくれない?話にならないから書き直してからもう一度来て」  担任との進路面談は今回も冷たく突き放されて終わりを告げた。書き直す予定のない進路希望調査用紙を皮肉を込めて職員室前のゴミ箱に捨て帰宅する。 「どうして否定されないといけないの……?」  ベッドにうつ伏せになりながら物理的な苦しさで胸の締め付けを誤魔化す。少し視線を上げると画面越しに焦がれて見ていた彼女のポスターが目に映った。心を落ち着かせるために一旦眠ることにする。 「……何時?」  目を覚まし時間を確認すると午前一時。明日も学校だというのに確実に起きる時間を間違えてしまった。サンダルで意味もなくベランダに出る。明日どんな顔で担任に会えばいいのかわからなくなってしまった。 学校も勉強も決して好きなわけではない。ただ数年間耐えればその先に夢を追える未来があることだけに希望を託していた自分がいたこともあり、今日の担任からの言葉は余計に刺さるものがあった。 「灯は今何をしてるの……?」  中学三年目の夏休み明けから学校に姿を現さなくなった彼女をもう当分見ていない。誕生日と正月に連絡は取るものの以前のような深い関係ではなくなってしまったのだろうと悲しくなる。 「……私の夢のきっかけは灯だったのに」  彼女は数年前一緒に学校に通い、帰りにはどちらかの家に寄って遊ぶほど仲のいい存在だった。他愛のない会話の中で彼女の目が一番輝いている瞬間はいつもあのアイドルの話をしている時。 『Night angelの新曲が本当に最高なんだよ!聴いてみて!』  バレないようにCDを鞄から取り出す彼女の表情が好きで、いつの間にかつられるようにアイドルに興味のなかった私も同じグループを好きになって追いかけていた。 『いつか一緒にライブに行けたらいいね』と笑い合った日々が懐かしい。今は曲を聴くたびに戻ることのない日々を惜しむことしかできない。 「後悔ばっかりだな……全部」  あの夏、ひとりで学校に通うことに慣れる前に彼女に声を掛ければよかった。もっと早くアイドルを好きになって輝きを共有する瞬間を増やせばよかった。今日の進路相談でもっと意思表示をしていればよかった。考えれば考えるほど自分の惨めさが募る。 「灯、明日少し時間もらえないかな」  無意識にメッセージを送ってしまった。送った瞬間の焦りはあったものの不思議と後悔はわかなかった。予想もしない速さで既読がつき返信の通知が鳴る。 「何時でも大丈夫。家は変わってないから珠莉の都合いい時間に来て」  変わらぬ距離感に少しだけ安心感を覚えた。 ー*ー*ー*ー*ー  放課後、早足で彼女に家に向かう。数年ぶりに会うことへの躊躇いは残るものの『今しかない』という覚悟が勝りインターホンを押す。 「珠莉、久しぶり」  声も顔も纏う雰囲気も私の好きな灯のままだった。 「灯……急にごめんね、ありがとう」 「こちらこそ来てくれてありがとう。暑いし上がってよ珠莉の好きなアイスあるよ」  数年越しのはずなのに全く『久しぶり』という感覚がない。 クーラーの効いた部屋でアイスを食べながら数年前のような他愛のない話をした。 「それで珠莉、今日はどうしたの?」 「あっうん……急で申し訳ないんだけど」  話すなら今しかない。 「灯。私と一緒にアイドルになろうよ」 「アイドルって……急にどうしたの?」  ただ数年越しの再会を果たした仲だったとしたらこのような話はしていない。彼女だから伝えようと思えたのだ。 「一緒に憧れてた存在になりたいの」 「珠莉……」
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