小人のポーシャとサワガニの子ども

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 小人のポーシャはミョウガの葉の陰の小屋の窓から顔を出した。  外から聞きなれない音がしていたからだ。  カシャ、カシャ、カシャッ  カシャ、カシャ、カシャッ  ヘンな音を立てて歩いていたのは小さなサワガニの子どもだった。  ブナの落ち葉が腐葉土となって敷き詰められた道を、子どもは右から左へ、左から右へ、やみくもに行ったり来たりしている。   「ねえ、何をしているの?」  窓越しに、ポーシャは声をかけた。  シダの葉陰で子ガニは一度立ち止まってこちらを見たけど、むすっとした顔をしたまま返事をしない。  くるりと身体の向きを変え、子ガニはそのままポーシャから遠ざかり始めた。  カシャ、カシャ、カシャッ  カシャ、カシャ、カシャッ  落ち葉の上に生い茂る雑草と八本の足が擦れる音が遠ざかっていく。  揺れる植物の葉先から雨の(しずく)が飛び散った。 「どこへ行くのーっ。おうちに帰れなくなっちゃうよお」  子ガニが向かっているのはどう考えても尾根の方角だ。  見上げた梢の向こうにはもう、青空が広がっている。夜のうちに森が溜め込んだ雨水は、日が昇ったら土に吸い込まれたり空に戻ったりして消えてしまうから、明るい時間に沢の生き物が遠出するのは心配だ。  ポーシャは急いで靴を履き、上着の袖をひっかけながら外に出た。  そのときだった。  落ち葉がその上のツユクサの茂みごとこんもりと盛り上がってパラパラと大きな水滴が落ち、腐葉土の下からヒキガエルのジローがぬっと顔を出した。 「なんだよもう。朝っぱらから騒がしいなあ」  ジローは柔らかい土に潜って休息を取っていたらしかった。 「カニの迷子なんだ。追いかけなくちゃ」 「カニなんて食ってもガサガサしてうまくもねえし、どうでもいいだろ」 「カニは口の中の水分がなくなると息ができなくなっちゃうんだよ。あの子はあんなにちっちゃいんだもの。早く水のあるところに送ってあげなくちゃ」 「あーあ、ポーシャのおせっかいがまた始まったよ」  ぼやくようにジローは言うと、一度大きな伸びをした。 「まあいいや、だったら背中乗る? 連れてってやるよ」 「そうこなくちゃ」  なんだかんだでジローは親切だ。ポーシャは急いで上着を着終わると、ジローの背中に飛び乗った。
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