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心のままに
木戸さんの行動は早かった。
仲直り? した次の日の朝には私の家に出発で、急過ぎて荷造り出来ていないのに、いいから乗れ今すぐ乗れと捲し立ててくる。
何をそんなに急かすのか。
仕事の都合でもあるのか。
いまだに彼がどんな仕事をしているのか知らないけど、連れて行って貰うのに現在無職の私が待って欲しいと言えるはずもなく。
着のみ着のままキャンディちゃんとキャンディちゃんの荷物バックだけを持って乗り込んだ。
「事後報告で悪いけど、扉のついでに古びた箇所も直しておいた。ちょっと外観が変わったけどいいよな?」
久しぶりの我が家が見当たらない。
近所の街並みは変わらないのに、なんで?と思っていたら木戸さんが理由を教えてくれた。
これはちょっとどころじゃない。
改装より改造。
木造が鉄筋になってますよ。
冷や汗が流れる。
地道にコツコツ貯めた貯金で足りるかな。
足りなければ待ってくれるだろうか。
頭の中は資金繰りで右往左往と小さな私が駆けずり回り大騒ぎだ。
「お、おおおいくら万円したんでしょう?」
「ちょっと待て。俺を甲斐性なしにしないでくれないか。妻の実家ぐらい面倒みるに決まってるだろ」
「妻?」
「やべっ、先走ったわ。とにかくだな、麻衣が気にすることじゃない。壊した扉の詫び代と思えばいいんだよ」
ほら行くぞ、とキャンディちゃんを抱っこしながら我が家の扉に鍵を差し込んでいる。
そう言えば鍵も貰ってなかった。
「これも事後報告ですまん。昨日見つけて連れ帰って来たんだ」
「ねーちゃんごめんなさい」
「ごめんなさい」
人は驚き過ぎると声も出ないらしい。
外観と違って中は見慣れた我が家。
年季の入ったテーブルも座布団も剥げた畳みもそのままなのに、外観と同じく異質さを放つ物体が。
ものの5分で消えた弟と理沙さんと思しき十代の女の子だ。
「麻衣。言いたいことは全部言え。ここで吐き出すんだ。何でもいい。思いついた事でも支離滅裂でもいいからクソガキにちゃんと伝えるんだ」
「大志に?」
「そうだ」
木戸さんが力強く頷いてくる。
キャンディちゃんが眠ったままだなのを確認すると、私は考えを纏めるように大きく息をついた。
「まずは、おかえり大志」
「た、ただいま……」
「心配してたんだよ」
「ごめ、」
「父さんも母さんも家を出て、あんたは帰って来たと思ったら借金と赤ん坊置いて消えたよね。謝ってるけどさ、コレは謝って済む問題じゃなく人として倫理観の問題なんだよ」
「り、倫り……?」
「分からない? 当然か。あんたは義務教育も終えず家出したんだもん。難しい言葉は知らないのに一丁前に子供作ることは覚えたんだ」
「っ、」
「未成年が未成年を孕ましていいと思ってんの?」
「お、思いませ」
「なんで思わないのにシたの」
「………」
「その場の欲望だよね。後先考えずやっちゃったんだよね。デキると思わなかったんだよね」
「………」
「理沙さんに家出までさせて産ませておいて、トラブルが起きたら人に丸投げするの? 父として恥ずかしくない? 夫としても失格だよ?」
どんどん項垂れる弟を前に私は喋りながら沸々と怒りが込み上げて来た。
無責任で身勝手過ぎる弟の行動。
その場しのぎの浅はかさ。
借金取りのチンピラを木戸さんが追い払ってくれなければ、私はともかく無力なキャンディちゃんがどうなっていたか。
あんたはそこまで考えていたの?
解決能力がないからそうしたの?
人に託すだけ託して面倒事から逃げただけじゃないの?
それ、なんて言うか知ってる?
卑怯者って言うんだよ!
「ねーちゃん……本当にごめん!」
「私に謝る前に理沙さんとキャンディちゃんに謝りなさい。どちらもあんた自身が選んだ家族なんだから」
少年期までの弟しか知らない。
子供だった頃しか記憶にない。
その思い出も随分掠れて朧げだ。
卑怯者……弟に言った言葉がブーメランのように私の心を抉る。
私だってそうだ。
憔悴する父を、不安定な母を、悪い友人達と付き合う弟を、救えなかった。守れなかった。
弟に諭す資格なんてない。
「あるよ」
「……木戸さん?」
「麻衣にはある。だってお前だけは逃げなかっただろ」
ぽんぽんと頭を撫でる大きな手。
労りの込められた眼差し。
何故か、全てを許された気がした。
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