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人生は理不尽のかたまり
反感を承知で言わせて貰うなら。
辛いって言える人は恵まれている。
しんどいって言える人も等しく恵まれているだろう。
弱音を吐ける環境やその相手がいるだけマシってものだから。
「お前の弟はどこにいる?」
築六十年の古びた我が家の扉が叩かれたのは、薄暗い夜をぼんやり染め上げるお天道様の光が窓から入り込む早朝のことだった。
昨夜の騒動で何となく予想はついていたけれど、開けたと同時に無理やり身体を捻じ込んで来た眼光鋭いスキンヘッドの男は、舌を捲くドスの効いた声で威圧してくる。
人相極悪で態度も極悪。
いいところが一つもない。
二十代の若い女、つまり私が対応していい相手じゃないのは百も承知だが、悲しいかな頼る人は我が身のみなので震えそうな身体を叱咤する。
「知りません」
噛まずに言えた。
でも言った瞬間後悔した。
人を殺したと言われても納得の形相。
恐怖で身が竦んでなければ今すぐ逃げている。
「隠し立てしやがると碌な目に合わないぞ」
もうすでに碌な目に合ってない。
肩をイカらして無駄にオラオラするチンピラに早朝から玄関先で絡まれるなんて、人生初の体験だ。
あり得ない勢いで打ちつける心臓の音がやけに耳に響く。
もはや大音響の耳鳴りである。
気持ちで折れたら負けだと食いしばった。
踏ん張れ頑張れと自分で自分の応援で脳内は忙しい。
「ご用件は何でしょうか」
「今言っただろう。お前の弟に用があんだよ」
「ここにはおりません」
「嘘つけ。調べはついてんだ。上がらせてもらうぞ」
土足で踏み込もうとするので服を掴んで止めた。勝手をされては困る。特に今は。
内心は超及び腰。
手汗が滝のようだし脇汗プシャァだ。
なんなら泣く寸前。
けれど、させるものか、という意地の発動は、守るべきものがあるからだ。
「弟は昨夜帰って来ましたが、ものの5分で去って行きました。追われていることを自覚していたので、たぶんここにはもう来な」
言い終わらないうちに紙の束が飛んで来た。
もう泣いてもいいだろうか。
「お前の弟が作った借金720万だ。姉なら弟の不始末に責任持てや。払えなかった場合は強制的に払わへぶぅっっ!」
スキンヘッドの横っ面にめり込む何か。
よくよく見れば見たことのある形状。
まさかと思えばそのまさかだった。
年季の入った我が家の扉が半壊している。
こんな状態ならさぞ大きな音がしたはずだが、借金の金額に泡吹きそうで聞こえなかったらしい。
壊れた衝撃で舞っていた残骸と埃が落ち着くと、体格の良い男が半壊した扉から我が家に侵入してくるではないか。
「朝からすまんなぁ、クソガキはどこだ?」
ああ、現実逃避したい。気絶したい。
しかし鍛えられた図太い精神がそれを許してくれず……息を吸い込んで深呼吸。
なけなしの根性で新たな男と対峙した。
人相は悪くない。
服装もチンピラじみてない。
豊かな黒髪がふさふさだ。
うん、普通の大人の男性に見える……が、口調と態度が見た目を大きく裏切っていた。
クソガキとは弟のことだろう。
両手をズボンのポケットに入れて仁王立ち。
人様の家の扉を問答無用でぶち壊す辺り、スキンヘッドよりヤバい奴の登場で間違いない。
「テンメェ……何しやがんだ!!」
「あ? 何だこいつ」
ヤバい人、黒髪が私に聞いた。
スキンヘッドをガン無視だ。
いいの? なんて聞く度胸はない。
弟が居ないことも含めて懇切丁寧に説明すれば、散らばっていた書類を長いおみ足でグリグリと踏み潰し、「これは俺のエモノだ。去れ」と簡潔にスキンヘッドに言い捨てた。
ガン無視のところから気付いていたけれど。
見るからにチンピラのスキンヘッドに恐れがない黒髪。
しかも、言われて引き下がらなかったスキンヘッドを涼しい顔でボコるという力技で、「どうせ違法な契約だろう」と私が言えなかった事まで指摘して「今度来たら殺す」など、この上なく物騒な言葉と足蹴りで追い出していた。
扉は壊れたが許そう。
借金720万が消えたのは黒髪のおかげ。
ありがとう……なんて感謝するほど平和ボケしていない。
スキンヘッドが借金の事ならば、こちらに向き直る黒髪の用件はアレしかないだろう。
「クソガキは一人だったか?」
「いえ……」
「ここには居ないようだが二人で逃げたか?」
「いえ……」
「なんだと?! じゃあ俺の妹を置いて行ったってのか!!」
掴まれた両肩がミシリと軋む。
お願いだから落ち着いて欲しい。
私も貴方の妹さんの件は初耳だ。
とにかく私の知り得る事は話すので貴方がお持ちの情報も話してくれないだろうか。
相互理解が必要だと思う。
私の両肩が砕けて話せなくなる前に。
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