1

1/2
644人が本棚に入れています
本棚に追加
/54ページ

1

「渋谷社長ファンクラブって知ってる?」  桜庭凛子(さくらばりんこ)は新入社員入社式に向かって社内を歩いている最中だ。同期の森川希(もりかわのぞみ)に話しかけられ、凛子はビクリと肩を揺らした。茶色い肩までのふわふわな髪が揺れる。 (知ってるもなにも……)  渋谷社長と呼ばれている男、渋谷優(しぶやゆう)は凛子の歳の離れた幼なじみだ。そして今年の春から新卒で凛子が入社した渋谷食品の代表取締役。つまり社長でもある。けれど凛子は社長の優には一切頼らずに、コネ入社ではなく自分の力で渋谷食品の内定を勝ち取った。  凛子が渋谷食品にどうしても就職したかった理由はただ一つ。優と一緒にいる時間を増やせると思ったから。社会人として忙しくしている優のことを少しでも手助けできればという、色恋溢れた不順な動機だ。  凛子は震えそうになる声をキュッと喉で締め付けた。 「ふぁ、ファンクラブってなに?」 「そのまんまだよ。渋谷社長のファンクラブ! 社長ってあの通り超絶イケメンじゃん? だから社内でファンクラブがあるらしいよ。まぁ、まだ噂程度でしか聞いたことないんだけどさ。なんか学生みたいで面白いよね」   黒髪の綺麗なボブを希はケラケラ笑いながら掻き上げた。 「へ、えぇ〜。社長ってそんなに人気ものなんだね」  凛子は引きつりそうになる顔を必死で取り繕う。
/54ページ

最初のコメントを投稿しよう!