十六夜 いざよう波のゆくえ

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(七)いつもの倍 惣十郎はようやく足腰が立つようになったが、奉行所からはまだ休めと言われている。 ー足腰が立つということは…もういたすことも…できるのでは… 惣十郎がそう思うものの、毒にやられた身体は意外と元に戻らない。しばらくはおとなしくするか。 本物の長崎奉行の平賀貞愛はさっそく辣腕を発揮し始めたそうだ。事情が込み入ったこの長崎で、あちらもこちらも納得させまくっている。 偽の長崎奉行が敢行しようとした暴力的な宗門改めも白紙にもどった。浦上の隠れ切支丹の密告も、時間をかけてうまく決着されそうだと七蔵が言っていた。 ーこのお奉行がしばらく長崎にいてくれれば、もう安心だな… 緊張の糸が切れた惣十郎は、今はゆっくり養生するのが仕事だ。今日も市中見回り…つまりは散歩に出る。ぶらぶらと…足は…思案橋のほうへ… 「?」 思案橋で惣十郎が見たのは、美しい女がふたり、楽しそうにぺちゃくちゃとおしゃべりをしている姿だった。 ーおひさと…胡蝶…!? これは…どうするべきなのか…堂々と出て行ったほうがいいのか、隠れたほうがいいか…ひとりで慌てて汗をかいている。 「父上。」 後ろから声をかけられて振り向くと、惣助と父惣右衛門が立っていた。 「ど…どうしてここに…?」 「父上がふらふらと歩いて行くときは、かならず思案橋だと聞きました。」 「…七蔵か?」 「ほかの人も知ってますよ。」 女ふたりも、惣十郎に気付いた。 「まぁ。もう歩けるんですね。」 「ああ…あの、紹介…しようか?」 「え?胡蝶さんのこと?もう何度も湊の茶屋でお茶したわ。」 「そうか…」 「行きましょ。」 惣十郎を残し、おひさと胡蝶は出掛けてしまった。 「どれ、わしは長崎でも見まわろうか。惣助、ついてきてくれるかな?」 「はい。お供します。」 みなが出払い、惣十郎は思案橋の上にひとり立つ。 思案橋、思案橋…シャム橋。 胡蝶が昔言っていたのは、本当だろう。これはシャム橋だ。 この国はむかし、自前で大船団をつくり、シャム国くんだりまで行く力を持っていた。しかしそれを禁じ、外に出たがる者は排斥し、いつしか外国船に高い金を払って、ものをようになってしまった。しかも向こうの言い値で。 ー田沼親子なきいま、俺の代でシャムに船団を送るようなことは、もうないだろうなぁ…この国はいったい、どうなるんだろう。 「上役ばっかい気にして国益を考えん江戸ん犬め…か。悔しいが、そういうとこはある。」 惣十郎がぼんやりしていると、温かいものが後ろからふんわりと覆いかぶさった。 「…お蝶。」 「松さま。お元気になられたと?」 「うーん、歩けるが…な。」 「歩けるだけ?」 「いや、もっといろいろ出来る…できます。」 「そう?」 「ああ。」 「ほんなら、うちがまず確かめるたい…?」 惣十郎に魂が戻って来た。 ーおぉぉぉ!シャム行きの船団、田沼親子がダメなら俺が作ってやるよ!なんでもこい! 「どど、どこでいたす?」 「奥様が、お屋敷を空けてくださっとる。」 「おひさが?」 「ばってん、夜はおひさ様が確かめるって、おっしゃっとるけん。半分ね。」 「わかった…半分…な。」 ーいや、違う。棹銅が足りないからと、貿易額を2分の1にしたのは、大間違いだったではないか!いつも通り…いや、倍だ!倍! 「お蝶、いつもの倍いたすぞ!来い!」 惣十郎はびっくりするほどの早わざで口吸いをすると、胡蝶の手を取って走り出した。病み果てた身体の奥から、まだまだいくらでも力は沸いてくるものだ。 家敷に入って寝室になだれ込むと、布団を敷き終えたおひさが出て行くところだった。 「…あら…お早い御着きですこと…」 惣十郎はそそくさと出て行くおひさの手をつかんで引き戻す。 「夜と言わず、今やろう。みんなで。」 「えぇっ…」 「たのむ、いちどでいいから。なっ。」 「わかりました…いたしましょう。」 「松さま…」 惣十郎はふたりの愛する女に押し倒され、着物を剥ぎ取られる。 ー生きてて良かった…右手におひさの乳、左手に胡蝶の乳…もう死んでもいい… 惣十郎はその午後、いつもの倍では済まぬほど、たくさんたくさんという…
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