見えざる手

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見えざる手

 男は、突如として、人外の様な能力を手にした。何の前兆もなく、ある日突然願ったことが叶うようになったのである。  最初は自身の会社での売り上げ成績がもっと上がればな、という願いから始まり、男の業務成績グラフは登頂不可能の山の如く急坂を描いた。その次に、応募している懸賞が当たって欲しい、と願ったところ、特賞を引き当てた。半信半疑だったものの、自分が何もしていないにも関わらず願いが叶うことに調子付いた男は更に、「飛び切りの女と付き合いたい」「もっと広い家に住みたい」「顔を美形にしたい」など普通では到底不可能な、人智を超越した現象を願ったが、そう言った願いさえもひとつ残らず叶ってしまった。  男は、平凡な身の丈に合っていないと分かっていながらも、衝動に抗えずその後も「スポーツ選手になりたい」「宝くじで高額当選をしたい」などと、どんどんと大きくなる欲求を願い続け、莫大な資産と地位を手にし、尋常一様で、波は立たぬが大きな幸福もない人生を一変させた。  いよいよこうなってくると、どうしてこのような現象が自分の身にだけ起こっているのか、と男は不安になり、原因や心当たりに思慮の限りを尽くすが、当然それはあるわけがなく、結果として成功を収めているのだから、それで良いではないか、と結論付けた。    しかし、そう長くこの栄華は続かなかった。奇妙な能力を手にしてから一年ほど後、男は突如として倒れた。原因不明の息苦しさ、加えて目の前が渦巻くほどの眩暈にみまわれ、平常ではいられなかったのだ。当然、突如であるのだから原因は分からない。男がもがき苦しんでいると、目の前に大柄な男が現れ、男に言った。 「すみません、あなたが願いをなんでも叶えられる能力を持った人間でしょうか」  突如核心を突くような質問をされた男は狼狽するが、そんな余裕もなく「ええ、そうです」と答えた。 「ああ、良かった。実は私は神界で賭け事を営んでいるものでして。今回どの人間が一番良い人生を送れるかという賭けの対象に貴方も入っているのですが、貴方に賭けた者が貴方の本来持つ能力から明らかに不相応な、地位や富を不正に与えていたことが分かり、今処理を行っている所なのです」 「私は、どうなるのですか」 「残念ながら、一度手にした能力や富を奪うことは手違いなどあった場合、神の権威を使用した人間への重大な背信行為となってしまう為、禁止されているのです。なので、この世界のパワーバランスを保つ意味としても、貴方は秘密裏に処分せざるを得ないのです。不正をした者を、神威を奪った上で代わりに現世へ落とし、貴方として生活させることで元に戻します。このような結果になってしまい、大変申し訳ありません。せめて、来世は良い条件で生きていけるよう検討しますので・・・」  薄れゆく意識の中で、男は後悔した。ああ、どうして不老不死の体が欲しい、と願わなかったのかと・・・
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