月の蝶が誘ひ給ふは

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「友だちと遊んでいたから、わたしだけ、母さんたちに置いていかれたの。あのとき遊ばなかったら、わたしはひとりにならずにすんだ。だから遊ぶのはきらい」  崖の上で、千草と夕凪は目をつぶって倒れ込んでいた。目を開けると、また蝶を見てしまう。千草は崖を滑り落ちた怪我で動けなかった。朝が来るまで、こうしているほかない。 「蝶が、母さんたちのところに連れていってくれると思ったの」 「うん」 「……ごめん千草。怪我させて」 「いいよ。これくらい」  千草は笑ったけれど、身体中痛くてしかたなかった。 「ひとりは、寂しい」  夕凪が声を押し殺して泣く気配があった。千草はつないだままだった手に力を込める。 「俺も、夕凪がいなくなったら寂しい」 「……うん」  ぎゅっと握り返される手を、千草は離さなかった。  夕凪が泣き止むころ、千草は目を閉じていても感じる明るさに気づいた。これは月の光ではない。そっと、目を開けた。眼下に見える地平線を、太陽が昇ってきたところだった。 「そろそろ帰らないと、みんな心配するだろうな」  そう言って起き上がろうとして、千草はうめいた。とても歩けそうにない。月ノ蝶が見えたということは、自分は死にかけていたのだろうな、とぼんやり思う。  夕凪が突然跳ね起きた。彼女もそこに思い当たったらしい。 「すぐ里の人たち呼んでくる! 待っててよ、死なないでよ、こんなところで!」  夕凪の脚なら、山を下りるのもすぐだろう。彼女はすぐさま駆けだした。  ――と、そこに、一羽の蝶がふらりと飛んできた。日の光には負けてしまいそうだけど、美しい光を放って。鬱蒼とした木々の間を、誘うように舞っている。  夕凪はぴくりと、足を止めた。彼女の目が蝶を追う。あ、と千草が声をかけようとしたが、それより先に、彼女が叫んだ。 「死なないでよ、千草! すぐ戻るから!」  そう言って、蝶を振り切って、風のように駆けていく。 「――うん。死なないよ、死なせもしない」  千草は口の橋を上げて、目を閉じた。月の光がかすむほどの、明るい光が、山を包もうとしていた。 (了)
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